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あの人に迫る

葛目奈々 元ニューハーフの介護施設経営者

写真・坂本亜由理

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◆偏見乗り越えて心を察知できる

 東京・新宿のショーパブで売れっ子ニューハーフだった葛目奈々さん(37)。看護師への夢を追った二十代半ば、十数校の看護学校に門前払いされ深い挫折を味わう。「介護は『その人らしく』を支援する仕事。性別なんて関係ない」との言葉に動かされ、介護の世界へ。デイサービスなどを経営し、LGBT(性的少数者)が働きやすい職場づくりを実践する。

 −姉が二人いる末っ子で「待望の男の子」だった。

 母はそう言いました。でも小学生のころから男の友達になじめず、何か変だと感じていました。男らしくしなきゃと柔道などに通っても続かず、男なのにめそめそするなと言われてつらかった。男に生まれたが男の自覚がない。自分が何者かよく分からなかった。

 高校二年、十七歳で同級生の男の子に初恋。そこで心と体の性が不一致だと確信しました。秋に学校を辞め、出身地・高知県のニューハーフの店へ。店の先輩たちは自分を受け入れ、痛みを分かってくれました。そこで初めて自分が自分でいいんだ、自然体でいいと思えるようになりました。

 二十歳で上京。新宿の有名なショーパブに感動し、地元に帰って店をやりたいという目標ができました。二年後にそのあこがれの店に移った。性別適合手術を受け、名前を「奈々」に。絶頂だった二十五歳のころには、百人を超える顧客を抱える売れっ子ホステスになりました。

 −将来を考え、看護師に転身しようとした。

 この世界でずっと生きていく自信が持てず、働きながら通信制高校を卒業し、貯金もしました。ところが「患者が混乱する」「外見が女で戸籍が男では困る」と、訪ねた看護学校十数校すべてで門前払いされたのです。やりたいことができない国なんだと、挫折感を味わいました。

 看護を生かせる施設経営をしたいと思っていたのですが、かわいがってくれていたお客さんが「自分は介護施設を全国に展開している」と話し、施設や経営を見せてくれたのです。同時に介護ヘルパーの学校に行きました。そこでは「性別なんて関係ない」と配慮をしてくれた。医療と違い、介護はものすごく視野が広い。ノーマライゼーションでしょうね。ボーダーを引かない世界なんだな、とすごく感じて。

 −二十八歳でショーパブを卒業、デイサービスを営む会社を起業した。

 介護の世界に救われたな、と思いました。介護は、利用者さんにとっての自己実現を目指している。その人らしくいることをかなえていくことが、私たちヘルパーの仕事。介護をする私たちも自分らしくいていいんだ、と。

 私と同じLGBTでカミングアウトできず、昼間働きたくても働けない人たちの受け皿になりたいと思いました。でも最初は、「LGBT」と求人広告に書くのは無理です、と載せてもらえなかった。五年後、お友達の紹介でテレビ取材を受けました。それを機に利用者さんや家族、職員に自分のことを説明しました。反応が心配でしたが、皆自然に受け入れてくれた。それどころか、ご家族から「頑張って」とお手紙を頂いたり、わざわざ会いに来てくださったり。ケアマネジャーも「ホント、応援しちゃうから」と感激してくれて。男性が女性になって、みたいな話を利用者さんにしたら「あら、そんな生き方もあるのね」って。

 −「男とか女とか関係なくボーダーレスな考え方で経営し、自立支援を大切にします」と説明した。

 「この人はもっとこうした方がいい」と、介助者の気持ちが先行してしまう介護ではない。利用者さんの目線に立ち、その人がどうしたいか、どうなりたいかを支えたいのです。

 水商売をしていた時、お客さんをどうしたいかではなく、お客さんがどう楽しみたいかを考えねばならなかった。会話を楽しみたいのか、雰囲気を楽しみたいのか、もしかしたら指名の人を探しに来たのか。楽しませるにもいろいろあって言葉なのか、お酒なのか。もちろん打ち合わせをするわけじゃなく、現場で感じ取るのです。介護の世界にアセスメント(利用者のニーズや可能性を把握するための情報収集や分析)という言葉がありますが、ホステスさんは皆、アセスメントをしていたんだなって。

 もちろん、介護にはケアプランがあって、本人や家族の意向で私たちが提供するサービスがあります。でもやっぱり、私がお年寄りと接する中で思っているのは、本人がどう感じ、どうしたいと思っているのかを大事にすること。そこには性別は関係ないのかなと思う。私を受け入れていただいた世界なので、大切にしたいです。

 −それから福利厚生に性別適合手術休暇を設けた。

 産休や育休があるなら、手術をして職場復帰をするのもいいんじゃないかと思ったんです。有休も使えます。私も新宿で勤めていた時、一カ月半休んで復帰しました。これまで女性から男性に、男性から女性にと職員二人が利用しました。

 職員にはLGBT研修もしています。相手がカミングアウトしてきた時に、どう受け止めるか。もし勝手に他言(アウティング)すれば本人が最悪、自殺してしまうかもしれない。周囲から「結婚しないのか」と言われるのがつらくてうちに来た子もいます。先輩たちに知識がなければ傷つけちゃうこともあるんです。

 LGBTは十三人に一人と言われる今、普通に入社してくることもある。外国人労働者を受け入れる時代も来ますから、どういう接遇・対応をするかという研修をします。

 −少しずつ広告会社を説得して、LGBTの求人もできるようになった。

 全国から応募があり、わざわざ引っ越しをして入社した子もいます。LGBTの職員は今、全体の五分の一くらいの約十人。でも社長がLGBTだからといって、LGBTを特別扱いしません。どう見られるかは自分次第。利用者さんから女性に見てほしいのに男性と認識されてしまう、それは自分が踏ん張って努力するところ。私たちは支援団体ではありませんから。

 LGBTに生まれたことに固執して悩むっていう気持ちはすごく分かる。自分を認めてくれない、自分らしくいられない、何で生まれてきちゃったのかとスパイラルに入る。でもそれはLGBTだけでない。私は「LGBT、だから何?」ってすごく思うんです。それが自分らしさの一つで個性ならば、いろんな生き方ができるんじゃないのって。自分がどう見られるかではなく、しっかり目標を持ってどう生きたいか。だから逃げずに頑張らないと。

 −「LGBTの人は介護に向いている」と言う。

 子どものころからさまざまな差別や偏見に遭い、いじめられた経験がある。常に人の顔色をうかがって生きているというか。私もそうでしたけど、おかまって呼ばれないかといつもアンテナを張って。

 でも介護に置き換えるとそれはものすごく相手の気持ちを察知する力になる。利用者さんの顔色を日々すごく見ているから、こういう言い方をしたら「あ、今表情が変わったな」「こう思っちゃう人なんだな」とか。それって性のことで悩んだ時と同じです。「こういう表現をしたからめめしいと思われたかも」って。自然に気持ちを察知しようとする。だから、介護には役立つんです。

 <くずめ・なな> 1982年、高知県生まれ。介護福祉士。高校を中退し地元のニューハーフの店で働く。上京後、22歳の時に東京・新宿のショーパブ「グッピー」に入り、約6年間勤める。2010年、28歳で介護施設運営会社「セブンスカイ」を設立。フランチャイズに加盟し、東京都杉並区で古民家を改装したデイサービス「ひまわり亭」を従業員6人で始めた。2年後にデイサービス「咲くよひまわり亭」を近くに開く。利用者が調理を行うなど生活に役立つリハビリが特徴。後にフランチャイズを抜け、15年には訪問介護の「ひまわりの華」を立ち上げた。介護業界でLGBTの採用を積極的に打ち出す会社はまだ、ほとんどないのが現状だ。

◆あなたに伝えたい

 自分がどう見られるかではなく、しっかり目標を持ってどう生きたいか。だから逃げずに頑張らないと。

◆インタビューを終えて

 求人広告に載せている経営理念「年齢、性別、障害、国籍を個性ととらえ、誰もが自分らしくいられる『村』をつくりたい」は、葛目さんの夢でもある。デイサービスの移転拡大で多忙な中を三回に分けて話を伺ったが、実現に向けての計画を笑顔で語ってくれた。さまざまな差別、困難に屈せず自らの道を切り開いてこられたのは−。最後の質問に、「一人で三人の子を育ててくれた母の存在は大きかった」と振り返った。生きていくのは自分次第だと、母の背中を見て学んだという。すべての施設名に付けた「ひまわり」のように、地域にボーダーレスの種をたくさんまき続け、大輪が広がっていくのを私も夢見る。

 (五十住和樹)

 

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