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あの人に迫る

山田雄司 忍者研究の第一人者・三重大教授

写真・大橋脩人

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◆忍者本来の姿は戦わず情報収集

 国内にとどまらず世界中から人気を集める忍者。三重大の山田雄司教授(52)は、研究の第一人者としてこれまで知られていない忍者の姿を発信している。近年ではアニメなどを通じ、海外での関心も高まっているという。影の存在だったはずが脚光を浴びることになったいきさつや日本文化に根付く忍者の姿を聞いた。

 −忍者に関わることになったきっかけは。

 元々は日本の中世史、特に文化や宗教を専門に研究し、三重大では宗教的な面から三重県内にある伊勢神宮や熊野古道を調べていました。二〇一二年、当時の学長が「地方の国立大は地域と協力しさまざまな研究をする必要がある」との方針を示し、伊賀忍者で知られる伊賀地域から研究を求める声もあったことから学術研究がなかった忍者を研究することになりました。

 史料があるかどうかわからず、参考にするはずの過去の書籍も証拠に基づき書かれたものがあるのか不安がありましたが、三重県伊賀市の伊賀流忍者博物館から協力をいただき、所蔵されている非公開の忍術書を読み解くことで研究を進めることができました。

 −これまでイメージで語られる部分が大きかった。

 従来の忍者に関わる本は忍者を好きな人がおそらく書いてきたので、思い入れが強く「こんなこともできた」と期待を込めた部分があったと思います。黒装束で手裏剣を使うように描かれていますし、私自身も何となくそう考えていましたが、戦国時代に活躍した本来の忍者にそんなことはなく、江戸時代以降につくられた話だったことがわかりました。忍者が好きなわけではなかったので、史料を純粋に読むことができました。

 忍者の本当の姿は諜報員(ちょうほういん)で、戦うことを避けていました。情報収集し主君に伝えるのが仕事です。黒装束を着ずに武士や農民にまぎれるための服を着ていたし、手裏剣を飛ばすことなんてありませんでした。「情報収集によって天地を創造するくらいの大きな仕事を遂げることができる」ということが史料に書いてあり、現代でいうと情報を記事で伝えることにより、社会を動かす新聞記者の仕事になるかもしれませんね。

 −日本文化の関わりは。

 江戸時代から現代まで想像された忍者は映画や漫画に登場し、ずっと作られ愛されている存在です。根底にあるのは「忍」という字。心の上に刃をあてる文字の通り、どんなことがあっても忍耐するという心構えで仕事をしていたことが忍術書からうかがえます。日本文化の基層にあるもので、日本をつくり上げてきた考え方を体現しているのが忍者だと考えています。

 近年、国内では人から高く評価され、お金を得たいために何かを偽るという問題が相次いでいます。日本人は誰かに評価されたいから仕事をやるわけではなかったはずなんです。例えば、ねじ一本つくるにあたっても「誰もできない仕事を自分が一生かけてやり遂げる」との思いでやってきたはずです。他人に評価されたいというのではなく、自分の仕事に思いを込めて一つのことをやり遂げてきました。だからこそ国内の中小企業が世界に通用する技術を作り上げていったと考えています。

 まさに忍者が我慢し誰に評価されるでもなく、自分の仕事を黙々とやってきたように。史料には忍者が自分の名前や書いたものを残すことは許されず、現代に名前が残っている忍者は中程度だと書いてあります。仕事に意義を感じ、こつこつ取り組むあるべき姿を表しているのが忍者です。

 −忍者に注目が集まるようになった理由は。

 観光や地方創生と非常に結び付きやすいです。外国人からの人気が高いため、首都圏で忍者に関する施設が新たにでき、観光客への呼び込みに使われています。それに忍者は伊賀、甲賀に限らず全国にいました。単に面白いだけでなく、地元にいた忍者から郷土の歴史研究につなげることもできます。

 大人なら忍者に関する作品を何かしら見ていますし、子どもなら漫画やアニメで関わりがあり、さらに小さい子どもも衣装や手裏剣の体験を楽しむことができる。年代を問わずに楽しめるコンテンツは他になかなかありません。

 −外国人に人気の理由は。

 理由は地域によって違います。ヨーロッパだと日本の山岳信仰と結び付き、不思議なところが魅力に映るようで、印を結ぶ忍者のポーズをしたり、独特の呼吸をしたりすることに興味を持っています。現地に行くと「忍術が現代の医療や学問にどう生かされているか」といった現代的な問題として忍術をとらえようとしている人が多いです。

 東南アジアはアニメをきっかけにした人が多く、現地の講演で会場を訪れ、忍者の修行をした別の講師が実演をすると「本物の忍者が来た」と盛り上がります。国によって時代劇などが放映されていたことから関心を持つ人がいますし、接点があった作品によってイメージが異なります。

 −これまでの忍者のイメージは実際の姿とは違うことになるのでしょうか。

 江戸時代から現代までさまざまな忍者像が再生産されてきました。あるときは社会から疎外され、あるときはスーパーマンのように描かれてきましたが、当時の状況を反映する大事な存在です。時代に受け入れられる忍者がずっとつくられ続け、その一つ一つを否定しても意味がありません。興味を持ってもらった忍者には必ず日本文化に関連した世界がある。日本文化のことをより感じるきっかけにしてもらいたいです。

 −これからの忍者研究の広がりは。

 日本各地の埋もれていた忍者にスポットライトがあたり、研究は始まっています。青森・弘前や福井、松江など各地で進んでいる。まだまだ進んでいくと思いますし、従来のイメージが変わっていくはずです。来年に控える東京五輪、パラリンピックをきっかけに多くの外国人観光客が訪れると思うので各地の忍者の違いを知ってもらえるようにしたいですし、各地の研究に携わっていくつもりです。

 今年の四月から三年計画で、米国議会図書館にある忍術書の研究をやることになりました。太平洋戦争後、連合国軍総司令部(GHQ)が、日本陸軍の保管していた兵法などの史料を米国に持ち帰ったものです。全く研究されていなかったので、今まで知られていなかった事実が明らかになることを期待しています。五年ほど前から忍者に関する調査を日本学術振興会に申請していましたが、今回初めて研究費が認められました。学術面でも研究の成果が認められてきたと感じています。

 −日本文化、歴史を知る意義は。

 忍者に限らず、先人がつくりあげてきたものの中には現代につながる、生きていく上で大切なことがあります。「無用の用」という言葉が好きです。忍者を知ってすぐに役に立つことはないかもしれませんが、後になって気付けることがたくさんあるはずです。どうしても生きていくため目先の日常に縛られてしまいますが、それではさまざまなことが表面的に終わってしまいます。

 <やまだ・ゆうじ> 1967年、静岡県生まれ。高校時代に日本史が不得意な科目だったが、予備校生時代に出会った講師や歴史書をきっかけに日本の中世史の面白さに気づき、京都大文学部史学科に進学した。同大卒業後に京都府亀岡市史編さん室を経て、筑波大大学院博士課程を修了した。中世の文化や宗教をテーマに研究した。

 99年に三重大人文学部の講師に着任し、2011年から現職。17年に同大が設立した国際忍者研究センター(三重県伊賀市)の副センター長を務め、忍者に関する展示や書籍の監修に関わるほか、欧米や東南アジアで講演し忍者を通じ日本文化を発信している。主な著書に「跋扈(ばっこ)する怨霊」「忍者の歴史」「忍者はすごかった」「忍者の精神」など。

◆あなたに伝えたい

 根底にあるのは「忍」という字。心の上に刃をあてる文字の通り、どんなことがあっても忍耐するという心構えで仕事をしていたことが忍術書からうかがえます。

◆インタビューを終えて

 研究でわかった本来の忍者を知るにつれ、幼いころに漫画やアニメで知った忍術を使いこなすイメージが私の中で覆っていった。「次はどんな顔を見せてくれるのか」と期待を寄せる山田教授と同じように、全国で始まったばかりの研究から新たな姿が明らかになるのが楽しみになった。

 一方で、仕事に向き合う忍者のイメージは変わらなかった。目的を果たすため、陰日なたなく勤勉に仕事をこなす。その姿から「日本人の本来の姿」が見えるという。海外で高まる忍者ブームに乗って観光の資源にするだけではもったいない。忍者の研究は、文化や歴史を見直すチャンスになる。

 (鈴鹿雄大)

 

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