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あの人に迫る

森雄翼 ゲストハウスオーナー

写真・牧野新

写真

◆環境守りながら不便ない生活を

 和歌山県新宮市で森雄翼さん(29)が営むゲストハウスは環境負荷の少ない生活スタイルを体験できる。電気は自家発電で、火力はまきでまかなう。活動の原点は、生産者を目指していた学生時代、食材の大量廃棄に疑問を抱いたこと。東日本大震災の被災地でも廃棄食材を活用する仕組みを考えた。便利さがもたらす矛盾と絶えず向き合ってきた森さんの生き方とは。

 −なぜ自然環境に意識が向いたんですか。

 故郷の熊本県水俣市には「人間が利便性を追求したら代償が出る」という考えが根付いていると思います。小学校の授業では、水俣病について詳しく調べました。今までいろんな活動をしてきたけれど、全ての原点だと思います。

 −高校時代、「世界がもし100人の村だったら」(マガジンハウス)を読んで影響を受けたとか。

 世界の不均衡を知りました。食糧もエネルギーも、富裕層が自分たちの便利な暮らしのために奪ってしまうから貧困が生まれる。本当だったら貧しい人も困らないくらいの資源があるのに…。

 将来は自分が農家になって、貧しい人から資源を奪わない。余った分は足りない所に送る。そんな当たり前の社会を実現したいと感じて、生産する側になりたいと思いました。

 −京都大農学部に進学。当初は農業サークルの活動に没頭したとか。

 サークルでは、農家の作業の手助けをする「援農」をしました。農業の現場に行って気付いたのは、野菜が畑に山のように捨てられている現状。野菜を出荷しすぎると、価格が下がってしまうし、輸送にもお金がかかる。

 食料廃棄の実態を目の当たりにしてショックを受けました。食の流通について知りたいなと思って京都の卸売市場でアルバイトを始めました。

 −市場では、さらに大量の食材廃棄が行われていた。

 野菜だけじゃなくて、魚とか加工食品とか、いろんな食べ物が入った段ボールが山積みになって捨てられていた。流通の現場にも、食料廃棄の現状に疑問点を持っている人がいたんですよ。ただ疑問は抱いていても現状を変えようという人はいなかった。だから廃棄食材を生かす活動を自分で始めました。

 −活動は名古屋から始まった。

 期間限定だった卸売市場でのアルバイトが終わったタイミングでした。知り合いがいない場所で挑戦したいと名古屋に引っ越しました。

 その直後に東日本大震災が起きた。少しでも被災地の力になりたいと思いました。学生仲間と、夜だけ営業する飲食店の昼の時間を借りて、廃棄食材のレストランを始めました。利益を被災地に寄付したんです。

 その後、名古屋から東北に拠点を移しますね。

 悪い癖で、新しいことを始めるのは好きだけど、方法が確立してしまうと他の人に任せて次のことをしたくなってしまうんです。

 今度は被災地に拠点を移しました。廃棄食材があふれているという状況は、被災地でも同じでした。東日本大震災から一カ月くらいしかたっていなくて、避難所で配られるのはコンビニ弁当のようなものばかり。避難者は「炭水化物が多く、栄養面が偏る」と言っていました。その裏で、市場では野菜が束で捨てられていたんです。

 −それが「0円八百屋」につながるんですね。

 活動を説明したら、協力してくれる仲買業者が十社くらい、いました。廃棄されてしまう野菜を軽トラに積んで避難所を回る。それが「0円八百屋」です。

 沿岸部を中心に、一日十カ所くらい避難所を回りました。捨てられてしまう野菜を生かして、栄養面に悩む人の役に立てたのは良かったと思います。

 −廃棄食材を扱うのは、消費者と生産者をつなぐ活動でもありますね。

 大量に食料が捨てられている一方で、それが必要な人がいた。廃棄食材を見逃すのは社会的な罪だと思ったんです。

 −ただ廃棄食材を扱う活動をやめることになる。

 生産される食材の量は変わらない。なぜ食料が捨てられるかというと余っているからですよね。廃棄食材を食べたら、普段食べている食材を食べなくなる。結局、廃棄される食材の量は同じだと気付いたんです。

 廃棄食材を集めるために八百屋や業者、いろんな場所を車で回っていた。その中でガソリンも使うし、手間も労力もかかりますからね。日本で廃棄食材を扱うのは、地球全体として見た時に有意義なのか疑問に感じてしまったんです。

 −今は「地球一個分の暮らし」をコンセプトにしたゲストハウスを経営していますね。

 築七十年の古民家を改装してゲストハウスikkyu(いっきゅう)をオープンしました。なるべく環境負荷のかからない生活を提案しています。太陽光パネルで発電した電気を使い、まきでお風呂のお湯を沸かします。

 環境に興味がある人しか来ないわけではないですよ。利用する人は熊野古道目当ての観光客が多い。家族連れとか、海外の観光客とかがほとんどです。

 −トイレは森さんが開発したんですよね。

 水も電気も使わないトイレで、排せつ物は土の上に落として混ぜることで堆肥にできる。コンポストトイレと呼んでいます。

 一般的なトイレだと、排せつ物は水で流してしまうけど、それってもったいない。人間からしたら汚いものだけど、微生物とか虫にとってはごちそうですよね。排せつ物を土に返して、新たに植物や生き物を育むことができるようにすることはソーシャルグッドだと思っています。

 −「もったいない」に向き合うことは廃棄食材を生かす活動との共通ですね。

 廃棄食材の活動は、自然から頂いた命をちゃんと頂かないともったいないという価値観でやっていた。でも人間目線だと思った。視点を変えれば、食べたい生き物はいっぱいいる。捨ててもいいけど無駄なく生かしきることが大切。命を頂いているんだから土にして、最後まで地球にお返しすることが大事だと思っています。

 −自給自足の生活は命や物を無駄にしないライフスタイルではないですか。

 確かに環境に負荷をかけないという面で理想ではあるけど、現実的ではない。いつでも温かいお湯が出て、車で快適に移動できる。便利な生活を知った今、すべての人に自給自足を促すのは難しい。妻には「これ以上不便にしないで」って言われていますしね。

 好きなように資源を使う生活を続けたら、将来の世代につけを回すことにしかならない。僕は本当にそこまで見据えて今を過ごしてるのかって疑問に思う。だから、誰かが小さなことでも「環境のために変えたい」って意思を持った時に、生活習慣をシフトできるようにしたい。

 −今後はどんな活動をしていくんですか。

 不便とは感じないけれど環境負荷を与えない暮らしが理想。自分一人だと影響は少ないけど、コンポストトイレなど、たくさんの人が環境負荷の少ない生活習慣を送れるような活動を目指したいですね。

 <もり・ゆうすけ> 1989年生まれ、熊本県水俣市で育つ。京都大農学部在学中、廃棄食材を活用した活動を始める。名古屋市で廃棄食材を使用したレストランを不定期で開催し、売り上げを東日本大震災の義援金として被災地に寄付。その後、仙台市宮城野地区で廃棄食材を無償で被災者に配る「0円八百屋」を行いながら、ボランティア向けのゲストハウスを運営した。2015年、地域おこし協力隊として、家族とともに和歌山県新宮市に移住。現在は「環境負荷をかけない暮らし」を提案しようと、まきストーブや自家発電を取り入れたゲストハウスikkyuを経営。ブログ「ecoばか実験室」で自らの考えや暮らしの情報発信をしている。

◆あなたに伝えたい

 捨ててもいいけど無駄なく生かしきることが大切。命を頂いているんだから土にして、最後まで地球にお返しすることが大事だと思っています。

◆インタビューを終えて

 蛇口をひねればお湯が出て、スイッチを押せば明かりがともる。発達したインフラや社会制度に守られ、最低限度の生活を保障された日本では誰もが便利な生活を送ることができる。世の中が便利になり、それを維持するには少なからず淘汰(とうた)される部分がある。森さんが最初に取り組んだ廃棄食材もその一つだ。

 取材時、ゲストハウスikkyuに一泊した。まきをたいた火は、体の芯から温めてくれ、エアコンよりも快適。コンポストトイレは嫌な臭いは全くなかった。「困ったことがあった?」とにやっと笑っていた森さんが忘れられない。便利さと環境負荷の少ない生活はきっと両立できると確信した。

 (牧野新)

 

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