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あの人に迫る

栗原康 アナキズム研究者

写真・芹沢純生

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◆自由な精神求め隷属を拒否せよ

 岩波新書「アナキズム」や映画「菊とギロチン」(瀬々敬久監督)のシナリオを小説化したノベライズ本などで一躍、時の人となったアナキズム研究者の栗原康さん(40)。全国で講演活動を続ける一方、フランスで起きている大衆抗議行動「黄色いベスト」運動の持つアナーキー性にも注目する。あらゆる支配を拒否し、奴隷根性を捨てようと主張した大杉栄の思想が現代によみがえる。

 −アナキズムとの出会いは。

 高校時代、満員電車がつらくて、よく学校をサボって公園で本を読んでいました。その一冊が「大杉栄評論集」(岩波文庫)でした。その中の「自我の棄脱」という文章に衝撃を覚えました。「兵隊のあとについて歩いて行く。ひとりでに足なみが兵隊のそれとそろう。兵隊の足なみは、もとよりそれ自身無意識的なのであるが、われわれの足なみをそれとそろわすように強制する」。それが満員電車に乗っている自分の姿と重なったんですね。どんなに非人間的なことをさせられても、皆で足なみをそろえていると当たり前になってしまう。大杉からそんなのクソだ、足なみは乱せと教えてもらった気がします。

 −そもそもアナキズムとは。

 元はギリシャ語からきていて、支配や権威、根拠がないことを意味しています。「無支配」「反権威」「無根拠」ということです。アナキズムを単に「無政府主義」と翻訳するのは間違いではないけど、政府だけでなく「あらゆる支配から脱する」とか「根拠のないことをやる」という方が当たっていると思います。特に人が人を支配する状態から脱することです。例えば、会社の中では「出世」と「カネ」という価値観に基づいて人格的な支配が生まれる。自分はがんばっているのに周りでサボっているやつを見ると腹が立つ。知らず知らずのうちに、弱者が弱者を取り締まるようになる。そうした支配・被支配の関係や自発的な奴隷状態を脱するのがアナキズムです。

 −昨秋出版された「アナキズム」という黒い表紙の岩波新書が話題になった。

 普通、岩波新書は赤表紙なのですが、アナキズムのシンボルは何ものにも染まらない黒色ということで、出版社が表紙を黒にしてくれました。正確にいえば、この黒いのは帯なんですけどね。いずれにせよ、いまだかつてない試みですね。自由な精神をつかみとるというアナーキーな精神にぴったりです。本の中では大杉だけでなく、元祖フェミニストの運動家エマ・ゴールドマンについてもかなりページをさきました。十九世紀、リトアニアに生まれ米国で運動を続けたエマは結婚制度を否定し、反戦運動に乗り出し、第一次大戦では「戦争するなら子どもは産まない」と産児制限運動を支援する。何度逮捕されてもめげない。一九二三年九月の関東大震災直後に大杉と一緒に虐殺された伊藤野枝はエマに心酔し、エマの文章を翻訳しています。娘にもエマの名を付けています。

 −昨年公開された映画「菊とギロチン」のシナリオを栗原さんが小説化したノベライズ本も話題に。

 映画は大正時代、全国行脚した「女相撲」と「ギロチン社」というアナキスト集団との交流を描いた異色作です。ギロチン社は大杉と伊藤の虐殺を受けて陸軍憲兵の甘粕正彦大尉の弟の暗殺を謀るが失敗します。ギロチン社の呼び掛け人の中浜哲は繰り返し、要人テロに失敗し、財界人へのリャク(恐喝)で逮捕されますが、裁判で皇太子暗殺を狙ったと供述し、「大逆の意志」を明確にします。実際には何もしていないのですが、「内心の問題」だけで中浜は二六年に二十九歳で死刑になりました。

 −最近、話題になった映画「金子文子と朴烈」(イ・ジュンイク監督)も同時代のアナキストを描いている。

 金子と朴も「支配のない状態」をめざし、裁判で皇太子暗殺を謀ったと供述して大逆罪に問われます。判決後、恩赦で無期懲役に処せられますが、金子はそれを拒否して自殺してしまう。朴は戦後まで生き続けますが、「働かずにどんどん食い倒す論」という文章を残した。「働かざる者は食うべからず」の時代にです。ある意味、朴は“だめ人間”でした。ギロチン社の連中と同じです。ちゃんと働けない、社会にとって「無用」な人たちです。でもそれを肯定し、開き直って生きていこうとする。すると新しい人生がパッと広がる。大杉の言う「生の拡充」です。「カネ」や「出世」にとらわれた標準的な「働く身体」を取り払い、自分の生きる力を爆発させる。想像以上のことができる、心臓がバクバクするような生の躍動を感じる。それが大杉流アナキズムの神髄です。

 −社会が個人に求める「生産性」「有用性」と真逆の考えでは。

 エリートや政治家の中には「高齢者には死ぬ権利がある」とか「障害者やLGBT(性的少数者)には生産性がない」と口にする者がいます。相模原市の知的障害者福祉施設で起きた入所者殺傷事件で逮捕された元職員もちゃんと働けなかった“だめ人間”です。元職員は自分のだめな部分を払拭(ふっしょく)するため、エリートたちの意志を過度に代行しました。周りに認められたいという奴隷根性ですね。この「使えないやつは処分してやろう」という発想はファシズムの始まりだと思います。

 −フランスでは昨年末から燃料税の値上げに反対して始まった「黄色いベスト」運動という大衆抗議行動が続いている。

 燃料税を上げたり、エコカーに乗れと言われたり、フランスの田舎の人たちは本気で怒っています。それはマクロン大統領に象徴される金持ちへの怒りであり、国家権力の土台であるインフラに対する闘いです。道路なしでは生活できないようにしておいて、それ絡みの税をむさぼり取る。生存がかかっているから民衆は逆らえない。でも今回は違う。パリの凱旋門(がいせんもん)になだれ込み、フランス共和国を象徴する女性像を破壊する。高速道路の料金ゲートをたたき壊し、環状交差点(ロン・ポワン)を占拠する。大正時代の「米騒動」のような“蜂起”です。権力そのものの拒否です。雑誌エレキング臨時増刊号の対談でも話しましたが、普通の人たちの“手に負えない”爆発です。

 −大杉のアナキズムは現代にも通じる。

 「黄色いベスト」運動は「なぜ日本で起きないのか?」と問う人がいます。起きない理由ばかりを言い募り、「だからやはり日本で起きない」で終わってしまう。でもこのグローバル時代に十時間余で行ける場所で運動は起きている。自分たちの問題として考える想像力が必要です。米騒動にしても遠い昔のことではなく、たかだか百年前のことです。時間も空間も連続しているのにそれが国家によって分断されている。しかも報道などで「黄色いベスト」運動の暴力ばかりがクローズアップされますが、治安部隊による組織的暴力によって多数の死傷者が出ています。大杉の言うように国家暴力によって奴隷根性が植え付けられているとしたら、それに立ち向かう闘いに暴力をすべて否定することはできない。自発的隷属を拒否し、人間の尊厳を懸けた怒りを大杉とともに共有したいものです。

 <くりはら・やすし> 1979年、埼玉県生まれ。早稲田大大学院政治学研究科博士課程満期退学。東北芸術工科大非常勤講師。アナキズム研究者。エレキング臨時増刊号「黄色いベスト運動 エリート支配に立ち向かう普通の人びと」(Pヴァイン)でフランス文学者の白石嘉治氏と対談し、この運動を「国家的なものの土台となるインフラに対する蜂起」と分析。著書に、「大杉栄伝 永遠のアナキズム」(夜光社)、「村に火をつけ、白痴(はくち)になれ−伊藤野枝伝」(岩波書店)、「死してなお踊れ 一遍上人伝」(河出書房新社)、「文明の恐怖に直面したら読む本」(Pヴァイン)、「アナキズム 一丸となってバラバラに生きろ」(岩波新書)など。

◆あなたに伝えたい

 「使えないやつは処分してやろう」という発想はファシズムの始まりだと思います。

◆インタビューを終えて

 昨年夏、都内で映画「菊とギロチン」を見た後、思わず栗原さんが書いたノベライズ本を買った。「人生はクソである」で始まり、やたらに「お、おおおー!」とか「な、なんだー」「ズドーン!」といった擬音語や叫びに満ちあふれた文体に驚いたが、そこに通底している大杉栄や伊藤野枝ら自由奔放に生きたアナキストへの優しいまなざしに魅せられた。「誰にも何にも支配されないぞ!」。隷属を拒否する強い意志を大杉から学んだという栗原さんは、政治や経済に絶望しそうな現代にあって「時代の寵児(ちょうじ)」の一人になった。

 (土田修)

 

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