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あの人に迫る

名木純子 家庭保育のパイオニア団体「エスク」創設者

写真・沢田将人

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◆無条件の信頼が子どもには必要

 一般家庭で子どもを預かり、家庭的な温かい雰囲気の中で世話をする「家庭保育」。全国の自治体にある「ファミリー・サポート・センター」は、東京都大田区に本部を置く創立四十六年の団体「エスク」がモデルだ。家庭保育のパイオニアとして団体を立ち上げ率いてきた代表の名木純子さん(80)に、子どもを育む環境について聞いた。

 −エスクの仕組みは。

 子どもを預けたい、預かりたいという両方の家庭に登録をしてもらい、エスクで双方をつなぎます。保育は預かる側のサポート会員の自宅で行うのが基本です。創立以来、地域での口コミなどで会員を広げ、会員は現在、全国に約六万世帯。サポート会員はこのうち十分の一で、創立十五年目くらいから比率が安定しています。子どもを預けていた側がサポートする側になることもありますし、預ける側、サポートする側両方で登録している人もいます。サポート会員は有償ボランティア、という位置づけです。

 初めは本部でマッチングをし、二回目からは直接会員同士でやりとりをしてもらいます。もし、うまくいかなくなったらまたマッチングを考えましょう、と伝えています。個人情報保護の観点などから、情報を断絶する方に社会は向かっているようですが、私たちは逆に情報をオープンにして、つなぐ方向。そうしているうちに、それぞれの人の自主的な思いも育ってきますし、そういう人間らしい付き合い方が広がれば、ほっとできる地域になるのではないかと思ってやってきました。互恵的な関係を常につくっていれば、広がらないわけがない仕組みです。

 −自身の子育ての経験から、「こんな場所があったらいい」とエスクを始めました。

 エスクでサポート会員がしてきた家庭保育は、何も特別なことではありません。普通に平凡に日々の時間が紡げたら、誰かから教わらなくても自然に身に付くことばかりです。合理化という言葉が的確かは分からないけれど、現代はショートカットすることで見えなくなるものがいっぱいあって。さまざまな人との多角的な人間関係が社会性につながっていくのですが、その関係性を学習する機会が遠のき、当然できたことができない生活スタイルが多くなりました。

 −保育園の待機児童問題が続いています。

 私はゼロ〜二歳までの時期は、集団保育よりも、家庭保育の方がいいと思っています。保育園は病児保育はできませんが、私たちは熱があっても家族のようにお世話をできる利点もあります。第一世代のワーキングマザーは子育てをおばあちゃんに手伝ってもらえた。第二世代は、おばあちゃんも現役でワーキングおばあちゃん。家庭生活のお手本がなくて生活モデルのないまま大人になり、結婚してさあ子どもといっても、すごく難しいことに直面しています。もっと家庭の中にいろんな年齢の人がいていろんな仕事を分かち合っていいと思います。

 −モデルとなる家庭生活とはどんなものでしょうか。

 私は核家族じゃない家庭に育って本当に良かったと思っているんです。小学校低学年のころから、お風呂のまき割りもしていましたから。家庭の中の仕事に子どもの手伝いがあり、役割もあった。私はできるけど弟はできない、お姉さんのプライドもあったり。弟や妹が行くお使いは親しいところ、初めてのお宅は私と。家族の中の役割を、いろんな生活のバリエーションで覚えてきたけれど、そういう機会が今は無くなり画一化しています。

 プロセスを飛ばすと覚える機会を失ってしまいます。小児科の先生ともよく話しますが、もう少し生活を不便にすると免疫がつき、子どもの病気は減ると言っています。手厚く保護されていることでどんどん体が弱くなっていると、いろんなところで聞くんです。

 −エスクで目指しているのはどんな保育ですか。

 子どもの成長に必要なのは、無条件に信頼して大丈夫、という関係性です。人がつくられるプロセスは基本的には家族の中にある。そこから出発していって、心が安心できる、信頼できる、確信の持てる関係性の中で子どもを養育しなくては。今はまず人を疑うことから始める安全教育もあるけれど、子どもの心を育てる上ではとてもマイナス。信頼できる大人が少なくなるというのでは、子どもは心の根っこを深くしろと言われてもやりようがないでしょう。人は人との関わりの中でしか育たない。愛着関係を結ぶ大人は、本当の親じゃなくてもいいんです。信頼できる大人がいてくれればいい。ただ特定の誰かでなくては、子どもは心を寄せて安心することができません。

 −働く女性が増えた今、育児などで家庭に入る女性から「肩身の狭い思いをしている」との声も聞かれます。

 「家庭の時間」イコール「お休み」というのは違います。家庭には家庭の機能としての働きが絶対あるわけじゃないですか。だから私は昔から、子育てや介護で家庭に入る女性の「社会的な生産性」を保障しなきゃいけないと言ってきました。せめて育児休業や介護休業を取る人が経済的な面で安心してそうしたケアに専念できるよう、企業が給与保障をすることなどが必要です。

 そもそも、家庭内の労働が人をつくるうえでどれだけ大事な仕事かという点が見過ごされています。家にいると働いていない、と理解されるのはおかしい。これからの社会はもっと、家庭内労働の重要性に目を向けなくてはなりません。私たちは意外とぜいたくにマンパワーを注いでいます。受け入れ家庭のジュニア、つまりその家の大学生などをアシスタントとして登録していて、保護者の帰りの遅い家庭に行き、子どもを独りにしないために一緒にいてあげる、というのもしています。勉強道具を持ち込んで、ただ見守りでそばにいてあげればいいので。私の息子も中学生のころから保育園のお迎えをしていました。

 −個々の事情に応じて、外で働く、家庭に入るなどそれぞれの選択ができる社会がいいと思います。

 企業などで働くのではなくても、何か人の役に立ちながら、自分も潤っていければという人たちの思いをすくい上げたのが私の考えた有償ボランティアです。家庭の中に生産性があればいいと思ったんです。

 子どもを預かる側の家庭には、外で働く女性たちの情報も入ってきて刺激になっているようですし、預ける側の親が「本当はこういうこともしてあげられたら」と思っていることを聞き、やってみようと保育に取り入れていくこともあります。子どもにとっても、本当の親の他に育ててくれる大人と濃い関係を結ぶことができ、思春期など難しい年頃になった時、親には話せないことも話せる、といった事例もいくつも聞いています。地域の中で、心配してくれる人がいっぱいいれば、子どもは非行に走りにくい。「違う」ことでお互いが学び合う、それをすり合わせて地域が豊かになっていく。エスクをやってきて実感していることです。

 <めいき・じゅんこ> 1939年、神戸市生まれ。44年に戦禍を受け家族で上京。東京学芸大付属高校卒。59年に渡米しニューヨークの芸術の専門学校で学び、現地で知り合った日本人の夫と結婚、63年に帰国。73年、三女出産を機に「エスク」を立ち上げる。エスク(ESSC)はEOS social service clubの略で、EOSはギリシャ神話の「あけぼのの女神」の名前。家庭保育の取り組みは反響を呼び、厚生労働省の「ファミリー・サポート・センター」事業のモデルになった。2男3女を育て、次男は養子。著書に「日本のチャイルドマインダーたち」(91年、あいわ出版)、「家庭保育がわかる本」(99年、柘植書房新社)ほか。

◆あなたに伝えたい

 人は人との関わりの中でしか育たない。愛着関係を結ぶ大人は、本当の親じゃなくてもいいんです。信頼できる大人がいてくれればいい。

◆インタビューを終えて

 八十歳の名木さんが子育てをした時代より、今は家の外で働く女性が増え、子育てや介護は家庭の中だけでは担えない時代になった。選ぶ余地なく家庭に入った女性もいただろうことを思えば、家庭内労働を誰が担うかが社会で議論になるのを歓迎する。子どもを預けて外で働く親もいれば、預かることでその親を支えている人もいる。

 エスクが考える「家庭」は広い。血のつながりだけが「家族」と考えず、「遠い親戚より近くの他人」を頼りにする。子どもは社会の宝。望んでも授からない人や、自分では育てられない人もいる。だからこそ親だけでなく、地域で、社会全体で育てていくものなのだろう。

 (神谷円香)

 

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