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あの人に迫る

田中陽希 アドベンチャーレーサー

写真・大橋脩人

写真

◆自然と向き合い心の成長を追求

 山、海、砂漠、氷河−。あらゆる自然界のフィールドで繰り広げられる超長距離アウトドアレース「アドベンチャーレース」。国内の第一人者が率いるチームに所属し、世界最高峰のレースで三度、準優勝している田中陽希さん(35)は、日本三百名山を人力でたどり、登頂する「一筆書き」という過酷なプロジェクトに挑戦中。自然と向き合い、自分を見つめるその瞳は、世界の頂を見据えている。

 −どのような幼少期を過ごしたんですか。

 六歳のときに埼玉県から北海道富良野市に引っ越し、山の中腹に立つ自然に囲まれた家で暮らした。父親がテレビドラマ「北の国から」を見て「子どもの教育は自然あふれる、しかも中途半端じゃないところで」という思いがあったらしい。冬は一面の銀世界になるのでクロスカントリースキーにのめり込んだ。無雪期は練習で山を走ることが多く、トレイルランニングという言葉が有名になる前から山を走っていた。

 −アドベンチャーレースとの出合いは。

 大学生のとき、トレイルランニング大会のことを調べていたら今所属しているチームのキャプテンで、国内第一人者の田中正人さんがトレーニング生を募集していることを知った。アドベンチャーレースの細かいことはよくわからなかったけど、世界の舞台で活動していることやトップを目指し努力を続ける姿勢に直感で魅力を感じた。

 体育教師の教員免許まで取ったが、自分は子どもの目を輝かせるような魅力ある人間じゃないし、このまま教師になることが無責任なことのように感じていた。教師の道をきっぱりと諦めて応募した。

 −過酷なイメージがあるが、どんな競技ですか。

 手付かずの自然の中を一週間程度かけて進むチームスポーツ。メンバー以外の人間とは誰も会わず、野を越え、山を越え、海を越えてゴールを目指す。相対するのは自然と自分とチームメート。アドベンチャーレースは人間社会の縮図と言われていて、一回のレースで一年分の喜怒哀楽を味わえ、性格が変わってしまうこともある。つらいのは睡眠時間が削られること。一日に多くて三時間、少ないと一時間半しか寝ない。疲労や痛みが二の次になるほどで、幻覚や幻聴が現れるのは日常茶飯事。

 −宮之浦岳(鹿児島県・屋久島)から利尻岳(北海道・利尻島)までを踏破する三百名山一筆書き。なぜ始めたのですか。

 海外の強いチームのメンバーは個人の経験や技術が確立し、メンバーがお互いに尊敬し、触発し合い、より高みへ行こうとしてチームの成長になる。自分にはそれが無く、その差がチームの差となっていた。自分一人でどのくらいのことができるのか、何をチームに甘えているのかを確かめ、一人で壁を打ち破る力を養うための挑戦をどこかでやる必要があると思い、「これだ」と思った。挑戦中はレースを休むことになるが、チームのキャプテンがOKしてくれた。

 一年目に、宮之浦岳から利尻岳まで、七千八百キロにわたる百名山一筆書きを二百八日かけて達成し、翌年、北から南へ二百名山を踏破した。二〇一八年一月にスタートした三百名山一筆書きは年末までにゴールする予定だったが、台風や地震の影響で思い通りに進まなかった。冬に北海道に入ることになるので、ゴールは来年夏ごろになるのではないか。

 −旅のこだわりは。

 山と山の間にある街の移動や海上の移動までの全てを人力ですること。今まで歩いて百名山一筆書きを達成した人はいるが、海上は船や飛行機で移動していたらしい。それなら自分はアドベンチャーレーサーとしての技術を生かし、海上もシーカヤックでつなごうと思い、屋久島と九州の間の大隅海峡や瀬戸内海、津軽海峡も人力で移動した。

 台風のときやけがの療養のため、街で待機しているときも動力は使わない。先日も用事で東京に行ったとき、往復八十キロの道のりを歩いていった。

 −今の挑戦やレースの時の原動力は。

 一つは自然。「自分は自然に生かされている」と実感しながら歩いている。わき水を飲んでのどを潤した時や風が吹いて暑さが和らいだ時など、どんな時も自然はストレートに生き物に語りかけてくれる。時にそれが脅威になることもあるが、一割が災害だとしたら九割は有益なものを与えてくれている。それがパワーになるし、逆に助けてもらっていることに気付き感謝することが自分に課せられた使命だと思っている。

 もうひとつは自分を追い込むこと。やる前に不安になることもあるが、周辺に「やります」と言い回って退路を断った。初めは一人で勝手に行こうと思ってたけど、チームのキャプテンがダメ元でNHKに取材依頼を出した。そうしたら「グレートトラバース」という番組にしてくれた。番組が続いたことで、退路の無い環境はより厳しくなった。他人の意見を取り入れると他人のせいにできちゃうから、自発的に考えて行動するようにしている。それができると、受け止めるプレッシャーも変わってくる。最後までやり遂げることにつながり、途中でやめたいと思うことはない。

 −挑戦から得たことで教えたいことや伝えたいことは。

 自分の価値観を押しつけることはしたくない。求められれば「こういうケースでこう感じました」と紹介する程度。それに対して善しあしを決めるのは聞いた人の個人の判断だと思っている。

 −旅の途中で印象的な出来事は。

 福井県の田舎でふらっと立ち話をした米農家のおじさんが印象に残っている。「兄ちゃん、ただ歩いてるだけでもいろいろ考えるだろ。人生は体を動かすだけでもだめ、頭を使うだけでもだめなんだ。両方うまいこと使わないと」。確かにそうだな、と思った。

 単純に体力があればアドベンチャーレースができると思われているが、体と同様に頭も使う。自然界ではどんなに経験を積んでも、どんなに高い技術を取得しても予測できない事態が起こる。五感をフルに使って、いろいろ考えながら歩いている。

 その人は親の代から続く農家だったけど、東京五輪の選手村に自分の米を売り込むため、農産物の安全性を証明する国際規格「グローバルGAP」の認証を受けたという。「俺も頭使ったよ」と言う笑顔にすごい説得力があった。

 危険を察知するためには時に第六感も必要。人間は自然だけの暮らしから離れて長いので感覚がまひしているが、自然の中にいると、動物的な感覚が研ぎ澄まされるような気がする。

 −最終的なゴールは。

 今の三百名山一筆書きの挑戦は自分を成長させる糧だと認識し続けている。これが終わったらチームに戻り、まだ成し遂げていない「世界一」を目指す。今はその準備段階。

 体は成長期を過ぎたら老いていく一方。体を鍛えても老いには逆らえないが、心の成長は老いを上回れる。人間は体よりも心の成長を追い求めるべき生き物だと思う。その糧をいつ、どこで見つけられるか。自分は三十歳になって見つけることができた。今は心の成長にまい進している状態。この先、いつ死を迎えるかわからないが、その時に満足していられるように生きたい。

 <たなか・ようき> 1983年埼玉県生まれ、北海道富良野市育ち。24歳の時、日本唯一のプロアドベンチャーレースチームの「チームイーストウインド」にトレーニング生として加入、翌年正式メンバーになり海外のレースを転戦する。

 世界一過酷と言われているレース「パタゴニアン・エクスペディション・レース」(チリ)で2012、13、16年に準優勝した。14、15年はチームの活動を休み、屋久島から利尻島までの日本百名山一筆書きと、北海道・宗谷岬から鹿児島県・佐多岬までの二百名山一筆書きを達成。18年、日本三百名山一筆書きのため屋久島をスタートし、現在は本州を縦断中。

◆あなたに伝えたい

 どんな時も自然はストレートに生き物に語りかけてくれる。時にそれが脅威になることもあるが、一割が災害だとしたら九割は有益なものを与えてくれている。

◆インタビューを終えて

 たとえけがをしていても疲れていても、移動に動力は一切使わない。こだわりは驚くほどだった。三百名山一筆書きの旅のさなか、神奈川県内の制作会社でインタビューをした。旅は一時休養中、田中さんは街で一カ月待機している時だった。その期間は講演などの仕事で出掛けることもあったが、電車や車は使わず自分の足で行ったという。建物ではエスカレーターやエレベーターも使わない徹底ぶり。「今も旅は続いてますから」と一切の妥協を許さない姿勢に圧倒された。時代に逆行している行為かもしれないが、世界の舞台で戦うにはこのストイックさが求められるのだろう。生まれ変わった田中さんの今後の活躍に期待したい。

 (大橋脩人)

 

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