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あの人に迫る

チョウ貴裁 湘南ベルマーレ監督

写真・木口慎子

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◆感情を揺さぶるサッカー見せる

 サッカーJ1湘南ベルマーレの試合を見ると心が打たれる。攻守でとにかく走り、選手が生き生きとプレーする姿はすがすがしい。技巧を超越した「湘南スタイル」と呼ばれる戦い方は、湘南で八季目のシーズンを迎えるチョウ貴裁(キジェ)監督(50)によって築かれた。「生きていくうえで大切なものをサッカーで表現したい」と語る指導哲学は深い。

 −昨年はクラブにとって飛躍の年になったのではないでしょうか。

 一年ごとの継ぎはぎではなく、チームに合った強化を年々進めていく中、YBCルヴァン・カップも初優勝できたし、J1残留も果たすことができました。すべてが良かったわけではないですが、成果が目に見えて出た年でした。ただ、それは積み重ねたものが出ただけと捉え、一年の良しあしを振り返ることはしないようにしています。

 −監督として初タイトルとなった二〇一八年のルヴァン・カップでは、優勝が決まった直後、ピッチに突っ伏して涙を流していた姿が印象的でした。

 あんなふうになるとは自分でも意外でした。優勝した後、まだ続いているリーグ戦へのモチベーションをどうやってあげていくかも冷静に考えていましたし。それに決勝に進んだ時点で優勝するだろうと思っていました。選手の顔つきや姿勢を見て、チームの成長を肌で感じていた。優勝した後の空気が、僕が考えていた以上のものだったということでしょう。

 −どのような空気だったのでしょうか。

 選手、サポーターすべてが一体となって何かを成し遂げた時に出る爆発感がすごかったです。ああいう瞬間は人生でなかなか出合えないものだと思います。

 −「湘南スタイル」という言葉がサッカー界で定着しています。チョウ監督はどのように定義づけていらっしゃいますか。

 人が生きていくうえで大切なものを、サッカーで体現していきたいと思っています。結果に至るまでに得た自信から、人を身分や立場で差別しないというようなことまで。

 プレーのうまい、下手ではありません。理屈や理論で人は動かない。サポーターやクラブ関係者、携わっている人々の感情を動かせるサッカーを見せたいと常に思っています。

 −“一期一真剣(いちしんけん)”をモットーにしています。

 何か得をするから、人と付き合うのは違うと思っています。いろんな人と向き合い、誠実に付き合う。意識したわけではないけど、自分は小さいころからずっとそうやってきました。親の影響も受けたと思うけど、いろんな人から教わってできた姿勢です。

 サッカーをしていなかったとしても、その部分は変わらなかったはず。監督として選手や、いろんな人と付き合うけど、彼らは物ではない。努力だって同じ。成果を得たいからやるのではなく、好きだから、そのことを突き詰めたいからがんばるものです。

 −損得をあまり考えないタイプなのですね。

 今まで損得で物事を決めたことはありません。もちろん監督ですから非情な決断もしますが、損得勘定をその判断に加えたことはないです。

 結局、損得なんてその場だけをしのぐ一時的なもの。そのためだけに誰かと付き合う、利用するなんて考えられない。試合に勝とうが負けようが、迫ってくる困難はどんな時でもあるし、それは誰かを頼ってではなく、自分自身で乗り越えないといけません。

 −指導者として大事にしている部分を教えてください。

 学ぶ姿勢、謙虚でいること、すべてを受け入れる姿勢が自分の価値観をつかさどっています。僕の価値観がすべての人に良いとは思わないですが。

 −チョウ監督からは熱く、分かりやすい言葉が発せられます。指導者として言葉の使い方に気をつけている点はありますか。

 選手と話す時、誰かから借りてきた言葉は使わず、自分の言葉で話すようにしています。ニュースや本を参考にすることはありますが、完全に人のまねをしても選手に伝わりません。話される側の人にも、話す人が何を伝えたいかが分かった時に初めて言葉が伝わります。言葉のかっこ良さ、流ちょうさ、知識の豊富さは言葉の枝葉でしかありません。極端に言うと、話さない方が伝わることもあります。言葉ってあくまで何かを伝える手段でしかありませんから。

 −言葉の力を深く考えていらっしゃるのですね。

 相手の人格を傷つけるようなきつい言葉を話した後で「あれは俺の本意じゃなかった、ごめんな」と言っても、それは通用しません。言葉って人を表すすべてだとよくいわれます。安易に使うと、自分が思っている意味と違う意味で伝わってしまったり、あるいは話し手の人間性そのものと聞き手が理解してしまい、人間関係が冷えてしまいます。言葉は危険なものです。かっこ良くなくてもいい。その人なりにしゃべれば伝わると思います。

 −長い指導者生活で大きな失敗はありましたか。

 正直、何が失敗なのか分からないんです。「良くなかった」とは思いますけど、「失敗した」とはあまり感じません。

 ミスを繰り返さないように考えるのが大事。その作業を忘れないことで、次のミスはレベルの高いミスになります。力がないからミスするだけ。「失敗した」という言葉をよく言う人は力がある人なのではないでしょうか。試合に負けることも自分は失敗と思っていません。失敗か成功かというよりも、普段どう生きていくかに向き合っていく方がすごく大切。

 −昨年はスポーツ界で指導者のパワーハラスメント問題が相次ぎました。

 人間関係を考える上で、どちらかが傷つけられたからしかるべきところに訴えてくださいという解決策がない社会は、すごく寂しいと思います。人と人との関係の中でパワハラというのは常に起こりうる問題。指導者と選手の関係性は、微妙な人間関係をいかに突き詰めていけるかにかかっています。

 きつい言葉で選手がパワハラと受け取ったかもしれないから「今度はちょっと別の言い方にしよう」というように。暴力をふるった、奴隷のように扱ったとかばかりが報じられるけど、僕はそもそもお互いにちゃんと人間関係をつくろうという姿勢があったかが気になります。

 −チョウ監督と選手の接し方で心掛けていることはありますか。

 特にありません。だって親が子どもと接する時に変に心掛けたりはしないでしょう。選手がミスした責任はすべて監督にあります。

親と子どもだから叱る時は叱ります。ただ、その時は選手が何を求めて、何を解消してあげないといけないのかを僕自身が感じていないと駄目です。そうしないと「それは違うだろう。どうだ」と聞いたところで、相手は絶対に答えません。お互いに理解し合おうとする姿勢が、人間関係の基本ではないでしょうか。

 <チョウ・キジェ> 1969年1月16日、京都市生まれ。京都・洛北高、早稲田大から91年に日立製作所入社。柏レイソルの前身となる同社サッカー部でディフェンダーとしてプレー。Jリーグ開幕後は浦和レッズ、ヴィッセル神戸に所属し、プロ通算70試合に出場。引退後はドイツのケルン体育大に留学し、2000年に川崎フロンターレのコーチとして指導者のキャリアをスタートし、05年に湘南ベルマーレのジュニアユース監督、トップチームのヘッドコーチなどを歴任。12年から監督を務め、18年にYBCルヴァン・カップを制覇した。産業能率大客員教授として、スポーツマネジメントなどを学生らに教えている。

◆あなたに伝えたい

 人が生きていくうえで大切なものを、サッカーで体現していきたいと思っています。得た自信から、人を身分や立場で差別しないというようなことまで。

◆インタビューを終えて

 聞き手の力が試されるインタビューだった。明確な意図を持って質問をすれば、的確で深みのある答えが返ってくる。

 論点を整理しきれないまま漠然と問い掛けると「何を聞きたいのですか」と手厳しい。インタビューでは「あまり良い質問ではないかな」と思いつつもベストな質問が出てこずにそのまま聞いてしまうことがままある。チョウ監督は聞き手のそんな迷いを見逃さない。

 「この時間をプロとしてお互いに良いものとするため、必要なことは言う。これが僕の“誠実”です」。この妥協のない姿勢とストレートな人柄に選手も引きつけられるのだろう。冷や汗をかきながらも、納得した。

 (深世古峻一)

※チョウの漢字は曹の縦棒が一本

 

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