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国立劇場2月文楽、竹本錣太夫襲名披露 葛藤や情愛、伝えたい

「精進を重ねていきたい」と話す六代目竹本錣太夫=東京都千代田区の国立劇場で

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 文楽太夫の竹本津駒太夫(71)が六代目竹本錣太夫(しころだゆう)を襲名した。東京・国立小劇場で襲名披露の公演が二月に行われる。六代目錣太夫は「江戸時代から続く名跡に恥じぬよう、精進を重ねていきたい」と気持ちも新たに意気込みを語る。

 初代の豊竹錣太夫は幕末から明治時代に活躍。その後、豊竹、竹本の苗字で四人が錣太夫を名乗り、五代目の竹本錣太夫(一八七六〜一九四〇年)は明治から昭和初期に活躍、艶のある声で観客を魅了した。今回の襲名で、五代目がこの世を去って以来、八十年ぶりの名跡復活となる。

 五代目錣太夫は三味線の六代目鶴澤寛治と舞台を務め、数多くのレコードも残したが、錣太夫は亡くなる前に寛治に「自分の名前を将来、誰かに引き継がせてほしい」と遺言をのこしたという。

 「錣太夫」の名跡は、息子の七代目鶴澤寛治(二〇一八年没)に託されたが、その七代目寛治と組んで長年舞台を務めていたのが津駒太夫(現・六代目錣太夫)だった。

 そうした縁もあり、「寛治師匠のご遺族に、錣太夫を継がせていただけませんでしょうかとお願いに行ったところ、実に快くお許しをいただきました」。

 大学生の時、テレビで見た太夫の語りに魅せられて大学を中退。一九六九年、四代目竹本津太夫に入門し、津駒太夫を名乗った。津太夫の義理の父が六代目寛治であったことから、入門後、二、三年は寛治にも稽古をつけてもらった経験がある。

 「その六代目寛治師匠と深いご縁のあった錣太夫の名前を、今こうして私が継がせていただくことになるとは、不思議なものですね」と感慨深げ。

 襲名披露に選んだのは「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)」の「土佐将監閑居(とさのしょうげんかんきょ)の段」。主人公の又平は、絵師としての実力がありながら吃音(きつおん)の障害があることで出世ができず、師匠の土佐将監の苗字(みょうじ)を望んでも叶(かな)えられない。絶望した又平は自害を決意し、最後の絵を描くが、そこで奇跡が起こる。

「傾城反魂香」から

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 「これは五年前に七代目寛治師匠にお稽古をつけていただき、素浄瑠璃の会で披露した思い出の演目で、津太夫師匠もよく語っておられた話です。悪人が一人も出ないところも気に入っています」と言う。

 「又平は正直者で、師匠や妻の幸せを一生懸命に考えているが、物事はうまく進まない。その彼の悲しみや、彼をいたわる妻の優しさ、さらに又平を思う師匠の心の葛藤など、それぞれの人の情愛がお客さまに伝わるように語りたい」と公演に向けて思いを込める。

 入門から五十年が過ぎ体力の衰えも感じるが、力みが抜けることでまた違う声が出てくることがあるはずだと言い、「その可能性を追求していきたい」と意欲的だ。

 「これまで津駒太夫として作り上げてきたものの延長でしか六代目錣太夫は成り立たないと思う。これからもいちずに芸と向き合っていくだけです」

 (牧野容子)

        ◇ 

 公演は八〜二十四日。国立劇場チケットセンター=(電)0570・07・9900。

 <たけもと・しころだゆう(六代目)> 1949年1月生まれ、広島県出身。69年、四代目竹本津太夫に入門、竹本津駒太夫を名乗る。70年、初舞台。89年、五代目豊竹呂太夫の門下となる。77年、文楽協会賞、2002年、国立劇場文楽賞文楽奨励賞、因(ちなみ)協会賞など受賞多数。

 

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