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中日春秋(朝刊コラム)

中日春秋

 谷崎潤一郎は随筆でたびたびその女優をたたえている。<自分が夢に描いてゐた幻影そのままの姿であった…かう云(い)ふ人と同じ時代にたまたま生を共にしたことを、私は不思議な縁のやうに思ふ>。映画化された谷崎作品に出演している京マチ子さんである

▼永井荷風も理想の女性として、「京マチ子」の名を挙げた。映画化された作品での演技に、目を輝かせていたという(小門勝二著『荷風本秘話』)。いつも良好ではないはずの原作者と俳優の関係を超えて、名だたる作家に愛された。女優の誉れだろう

▼ベネチア国際映画祭金獅子賞に輝く『羅生門』の黒沢明監督、銀獅子賞『雨月物語』の溝口健二監督…。同時代を生きる縁を喜んだのは、文豪ばかりではないはずだ。作品と演技に対する欧米からの高い評価は敗戦から立ち直ろうとしていた人々の誉れでもあっただろう

▼華やかさがあって、どこか異国情緒が漂う外見と熱量を感じさせる演技が同居していた。歌劇のスターから俳優に転じた女優は肉体派とみられるのがいやだったという

▼『羅生門』の難しい役を演じるため、思い切って眉をそり落とした逸話が残る。王朝の世界に自らを没入するためだろう。黒沢は驚き、認めた

▼九十五歳で亡くなった。全力で演技に取り組む姿勢と誠実な人柄を愛する言葉も残る。同時代を生きる喜びを感じさせた希代の女優だろう。

 

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