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セーラー制服、苦闘の復元 金城学院中・高、モノクロ写真基に

復元された1921年当時のセーラー服(左)と現在のセーラー服=名古屋市東区の金城学院中・高で

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 約百年前に日本で初めてセーラー服を制服にした金城学院中学校・高校(名古屋市東区)が金城女学校だった当時の制服を復元した。手掛かりは、学校に残っていたモノクロ写真。生地や制服のメーカー、系列の金城学院大(守山区)の被服学の研究者が当時の裁縫技術を調べ、一年がかりで完成させた。長屋頼子校長(62)は「多くの人に見てもらい、歴史を感じてほしい」と話す。

 同校は一九二一(大正十)年九月、上衣とスカートが分かれたセーラー服を制服に採用した。復元は今年十月の創立百三十周年の事業として昨夏始まった。参考にしたのは二一年当時に撮影された制服姿の生徒七人が写ったモノクロ写真だった。

 だが、写真では生地や色の判別が難しく、創業した一八九六(明治二十九)年から生地を保管するニッケ(大阪市中央区)が時代背景から「セルサージ」を選んだ。金城の制服がはかまだった頃に使われた素材で、大正から昭和にかけて女学生の制服に多く使われたからだ。色は当時の卒業生の手記から紺と分かった。

 制服メーカーの明石スクールユニフォームカンパニー(岡山県倉敷市)は、倉敷市内のミシン店から百年前のミシン三種を取り寄せて縫製した。写真通り長めの着丈、襟や袖元の白いラインを再現。当時はスナップがなかったと考えられ、袖元はボタンホールで留めた。ファスナーもない時代なので、スカートの脇ははかまのように隙間があったと推測した。試着しては写真と比較し、シルエットを修正した。胸元のリボンは、卒業生の手記通り現在と同じ黒色にした。

1921年当時の金城女学校の制服=金城学院提供

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 同社の担当者は「写真では見えない部分が多く、研究者と一緒に時代背景などから絞り込むしかなかった」と振り返る。

 七着を仕立て、今月一日に学校関係者にお披露目された。長屋校長は「当時は制服メーカーがなく、各家庭で作っていたはずだ。今以上に、新しい制服に袖を通すとワクワクしたと思う」と思いをはせた。校内外で展示するほか、協力したメーカー二社や同窓会にも寄贈する。

 セーラー服の制服は、従来は一九二一年十二月に導入した福岡女学校(現福岡女学院中学校・高校、福岡市)が日本初とされたが、日本大の刑部芳則准教授(日本近代史)が昨年、金城の方が三カ月早かったことを確認した。刑部准教授によると、平安女学院(現平安女学院中学校・高校、京都市)も福岡より早い二〇年十一月にセーラー襟の制服を採用しているが、こちらはワンピースで、現在の上衣とスカートに分かれたセーラー服とは異なる。

 (豊田直也)

 

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