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きしめん、明治にはすでに「名古屋名物」 鶴舞図書館司書らが調査

◆7日に報告会、パネル展示も

 名古屋が「きしめん王国」となったのはいつなのか−。鶴舞中央図書館(昭和区)の司書でつくる「名古屋なんでも調査団」が史料をひもとき、江戸時代から食されていたきしめんが、約130年前の明治10〜20年代から名古屋の名物として認知されていた証拠を突き止めた。7日午後2時から同館で報告会を開く。

「きしめん」と書かれた看板(左端)が登場する「愛知縣下商●便覧」=鶴舞中央図書館提供

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 「名古屋駅は、いつからきしめん店だらけになったのですか」。調査のきっかけは、大阪出身の武田幸司さんから調査団に持ち込まれた疑問だった。旅好きの鉄道マニアに人気のブログ「旅鉄Gate」の運営者で、新幹線や在来線ホームの各店を食べ比べた人だ。

 調べてみると、一九三七(昭和十二)年開業の三代目名古屋駅舎に地下街が設けられ、広小路通にあった「やぶそば」の支店が入居したのが最初のきしめん店と確認された。同年発刊の「大名古屋便覧」は同店のきしめんを「ダシ汁が美味(うま)いので評判をとつてゐる」と評している。ホームには戦後十七年目の六一年に初めて店舗が登場した。

 調査団の関心は「そもそも、きしめんはいつから名古屋名物だったのか」に移行。調べを進めると、一八八八(明治二十一)年発刊の「愛知縣(けん)下商●便覧」に名古屋地区の名産品の絵を集めたページがあり、まげを結うためのひも「名古屋元結(もとゆい)」や尾張大根と並んで「うどん きしめん」と書かれた看板を発見した。

「工業新報」に掲載された1937年当時の名古屋駅地下街の見取り図(抜粋)。喫茶店やすし店に並んできしめん店が入居している=鶴舞中央図書館提供

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 また、歴史家の笹川臨風が戦後すぐ発刊した回想録には、旧愛知県中学校(現旭丘高校)で過ごした一八八一(明治十四)〜八五年(同十八)年の思い出として「名古屋名物きしめんは一杯八厘」と記していた。

 調査団の中心メンバー高木聖史さん(45)は「回想の記述には誤差もあり得るが、少なくとも明治二十一年の時点では名物であったと考えられる」と話す。

 調査団は「きしめん」の文字が登場する最古の文書検索にも挑戦。一八四三(天保十四)年に犬山城下で売られていたきしめんを、十六文から十四文に値下げするとのお触れを記載した「犬山市大島家文書」が初出ではないかという。

 報告会では調査団メンバーや武田さんが講演し、新たな調査課題も募集する。調査結果は七〜十九日に館内でパネル展示する。(谷悠己)

(注)●は「匠」の「斤」の部分が「工」の字

 

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