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「地元の魚の味」今は昔 蒲サ食品破綻

蒲サ食品の本社工場。かつては西浦温泉を訪れる観光客らの見学も受け入れていた=蒲郡市西浦町で

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 蒲郡市では最大手だったちくわなどの水産練り製品メーカー「蒲サ食品」が破綻した。地域の名産として知られた存在だっただけに衝撃が走ったが、市内の漁協関係者は「市場への影響はほとんどない」という。どういうことか。

 ひと昔前の蒲郡には、ちくわやかまぼこの製造業者が数十軒あり、組合もあった。地元漁港で水揚げされる魚を原料にしていたからだ。底引き網にかかるさまざまな小魚や、現在は姿を消したマグロ船のはえ縄にかかったサメも使われた。「当時の練り物は地元の魚の味がしておいしかった」と話す人もいる。

 一九六〇年代に冷凍すり身の製造技術が確立されると、練り物業界では鮮魚を切って水にさらすなどの工程が省けるため、日本漁船が北洋で捕ったスケトウダラの冷凍すり身を仕入れて使うのが一般的に。蒲郡でも、水産加工場の人手が減ったこともあり、地魚から冷凍すり身へシフトした。以前は蒲サが市場で売れ残った雑魚を一手に引き受けていた時代もあったというが、近年は地元市場での買い付けはごくわずかだったようだ。

 七〇年代後半に各国が二百カイリの漁業水域を設定して日本漁船が締め出された後、冷凍すり身の調達はグローバル化し、業界は原料の価格変動にさらされるようになった。約十年前に練り物製造をやめた業者は「スケトウダラの漁獲量が減って原料費が上がる一方で、納入先のスーパーでは価格競争が激しくなった。蒲サもきつかったと思う」と話す。

 なお、水揚げ港で雑魚が練り物の原料として売れなくなったことで、漁師がとってくる魚の種類はかつてより狭まったらしい。

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 九五年まで渥美外海を漁場とする小型底引き網漁船に乗っていた三谷漁協の小林俊雄組合長(73)によると「昔は網に入った魚はぜんぶ運んできたが、僕が船を下りる頃には、小さな雑魚は海へ捨てるようになった」。一隻当たりの乗組員の人数が減り、魚の選別になるべく手間をかけずに高値が付く魚だけを拾うようになったことも理由だ。

 業界大手のヤマサちくわ(豊橋市)はエソ、グチ、ハモなどの鮮魚を自社でさばいて冷凍すり身と併用しているが、地元で揚がる魚だけでは量がそろわないため、多くは四国や九州から仕入れているという。

 地場の水産業との関係が薄らいでいたとはいえ、蒲郡の練り物業者では最後まで残っていた蒲サの経営が行き詰まったことを惜しむ声は多い。市内の元同業者は「蒲郡のメジャーだったのに…。力が抜けますよ」と嘆いた。

 (木下大資)

 <蒲サ食品> 1946年創業。「マルサのちくわ」で知られ、かまぼこや揚げ物など多種にわたる加工食品を製造、販売した。今月14日、名古屋地裁豊橋支部に自己破産を申請。帝国データバンク豊橋支店は、販売不振と原料価格の上昇が主要因とみている。

 【土平編集委員のコメント】今日紹介したのは、愛知県豊橋市や蒲郡市などを対象にした東三河版の記事です。蒲郡通信局の木下記者が蒲郡市の漁業などを取材して随時掲載する「追跡!海と魚のまち」は、毎回興味深い話題が多く、楽しみにしているシリーズです。9回目の今回は、市内最大手の水産練り製品メーカー「蒲サ食品」が破綻したニュースに関連し、練り製品を取り上げました。ちくわやかまぼこなどの練り製品は私も大好きで、サメなど鮮魚として売らない魚を原料に使っているのではないかと想像していましたが、昔はともかく、今はもっとグローバル化しているようです。ちょっと浅はかでした。

 

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