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東海市誕生50年「今はふるさと」 名付け親の一人・藤原さん

東海市の50年を振り返る藤原明成さん(右)と妻麻子さん=東海市加木屋町で

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 東海市が誕生して50年を迎えた。1969(昭和44)年に旧上野町と旧横須賀町が合併した際の新市名の公募で「名付け親」の一人になった藤原明成さん(80)=加木屋町=は「太田川駅前の様子も変わり、豊かな街になった」と50年を振り返る。

 市によると、新市名の公募には五千百二十五通の応募があり、二町の合併協議会の委員らの投票で、「東海」を筆頭に「名南」「愛知」「知多」「平洲」の五案が選ばれ、知事の審査で東海市に決まった。東海地方を代表するスケールの大きな名前、全国的に知られていることなどが決定の理由だったという。

 「東海」は三百九十三人から寄せられ、「まだ市の名前に使われていなかったから」と応募した藤原さんが抽選で代表者に選ばれ、賞金十万円と感謝状、花瓶を手にした。藤原さんは学校の図書の購入などのために一万円を市に寄付し、残りを住宅の新築資金に充てた。「当時も大金だった」と笑顔で振り返る。

 藤原さんは岩手県釜石市出身。二十二歳で同県花巻市出身の麻子さん(81)と結婚。二十五歳のころ、当時勤めていた富士製鉄(現在の日本製鉄)の勧めもあり、新しい製鉄所(旧東海製鉄・現日本製鉄名古屋製鉄所)が本格的に稼働するという現在の東海市に、多くの同僚らと移住した。

 幼い長女と三人で移った旧横須賀町は、間もなく東海市に。夫婦の人生は東海市の歩みとも重なる。藤原さんは「この五十年、市内は道路や住宅街の整備など日進月歩で発展した」と振り返り、麻子さんと「今は東海市がふるさと」と顔を合わせる。

 定年退職後に続けた資源回収の仕事も、今年三月で退いた。藤原さんは「知多半島の東西の交通網がもっと充実すれば」と行政に注文を付けながらも、「好きな東海市で娘家族と生活し、夫婦で散歩をして、好きな野球観戦、旅行にも行きたい」と笑顔で話した。

 (福本英司)

 

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