レイテ島戦没者の日章旗が犬山の遺族の元へ

2020年8月5日 05時00分 (8月5日 05時01分更新) 会員限定
(左から)和泉則男さんの遺影を持つ芳子さん、日章旗を広げる敬也さんと県遺族連合会の柴田会長=犬山市役所で

(左から)和泉則男さんの遺影を持つ芳子さん、日章旗を広げる敬也さんと県遺族連合会の柴田会長=犬山市役所で

  • (左から)和泉則男さんの遺影を持つ芳子さん、日章旗を広げる敬也さんと県遺族連合会の柴田会長=犬山市役所で
 犬山市出身で大戦中の七十六年前、フィリピン・レイテ島で二十五歳で戦死した和泉則男さんの遺品の日章旗が四日、またおい(兄の孫)の和泉敬也(けいや)さん(60)=犬山市善師野=に返された。米国人が所有していたが、日章旗の返還に取り組む米国のNPO法人「OBONソサエティ」の仲介で戻った。 (三田村泰和)
 則男さんは二十一歳ごろ召集され、旧日本陸軍の独立歩兵第一一連隊に入隊し、中国北部の守備に就いた。戦況が悪化した一九四四年春ごろ、フィリピンへ転戦し、終戦八カ月前の四四年十二月、米軍の侵攻を受け、レイテ島アルベラで戦死した。
 県遺族連合会によると、縦七十一センチ、横八十四センチの日章旗には同じく戦死した地域の七人をはじめ百三十人の名前の寄せ書きと「武運長久」「至誠奉公」の文字があった。市役所であった返還式には山田拓郎市長が立ち会い、連合会の柴田義継会長(83)、市遺族連合会の小嶋毅会長(80)から敬也さんに旗が渡された。
 敬也さんは「則男さんを知っていた祖父らは皆他界した。これが唯一の遺品なので生きていれば喜んだろう」。則男さんのおいの妻に当たる芳子さん(87)は「とても頭のいい人だったと...

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