「スピワゴ」井戸田潤 帽子の白フックが“勲章” ナゴヤ球場の「あまーい」紙パックジュースの思い出

2020年8月4日 06時00分

このエントリーをはてなブックマークに追加
2017年にナゴヤドームで観戦(井戸田潤さん提供)

2017年にナゴヤドームで観戦(井戸田潤さん提供)

  • 2017年にナゴヤドームで観戦(井戸田潤さん提供)

井戸田潤のドラ放談

 竜党を自負する著名人が独自の視点でドラゴンズ愛を語る「ドラ放談」。今回登場するのは、お笑いコンビ「スピードワゴン」の井戸田潤さん(47)。子どもの頃に行ったナゴヤ球場での思い出やドラゴンズの人たちとの交流、さらには逆襲を信じ、「センター・根尾、レフト・大島、サード・石川昂、セカンド・高橋」の布陣が見たいとの思いもつづった。井戸田さんのコラムは月1回の予定で掲載します。
 僕の地元は愛知県小牧市。小学生の時は、地元の子供会のソフトボールチームに入っていた。チームにナゴヤ球場のチケットが回ってきて、友だち3、4人と外野席で観戦。それが僕とドラゴンズとの出会い。小学5、6年の頃です。
 当時を思い出すと、頭に浮かんでくるのは郭源治さんがコールされ、出てくると球場がワーッと盛り上がったこと。最初の頃に好きになった選手も郭さんかな。あと、ゲーリーさん。落合さんの神主打法をまねをしていたこととか、「ゲーリー、ゲーリー、ホームラン」って応援歌とか、思い出しますね。
 あのころのナゴヤ球場は、大きな紙パックのジュースを買うと、上の方を白いフックのようなもので止めてあった。そのフックを帽子のつばにつけたりしていた。いっぱいつけている子には「あぁ、すげぇ」という感じのまなざしがあったから、おなかがタプタプになるくらい飲みましたね。みんなで分けながら飲んだりもして、フックを帽子のつばにつける。思い出のひとこまです。
 芸能界で仕事をするようになってから、ドラゴンズの人たちと交流もできました。小田幸平さんとは何度か食事に行って、いろいろなことを教えてもらったなぁ。そして山本昌さん。200勝目前の時、スピードワゴンで200勝応援ソングということで、CDデビューしてるんですよ。「夢の途中」っていう曲です。昌さんもナゴヤドームでかけてくれました。200勝を達成した試合は仕事のスケジュールを調整して、ナゴヤドームへ。試合後、昌さんに会えて、「あぁ来てくれてたんだ」と言ってくださっただけで、すごく感激しちゃいました。
 現在のドラゴンズは苦しい状況だけど、ここ数年の中でも戦力は整っているし、けが人が戻ってくれば行けると思っている。楽しみな時も結構あって、この間もビシエド選手が出られなかった時にアリエル選手が4番で活躍するとか、石川昂弥選手が打ち出しているとか、ああいうのを見ると、いいなぁ、と。
 そして僕がいま思っているのは、根尾選手が1軍に上がってくるようですが、彼をセンターにして、レフトは大島選手でライトは平田選手。広いナゴヤドームで足のある大島選手と根尾選手が守れば、けっこういいかなと。最初は分かりませんが、平田選手も戻ってきたらそんな布陣になればと思いますね。サードは、2軍に行っちゃったけど石川昂弥選手がまた戻ってきて、守るようになってほしい。それで、セカンドは周平選手。大砲の福田選手は代打にいて。これ、すごくないですか。逆襲、信じてます!(お笑い芸人)
◆井戸田潤(いとだ・じゅん) 1972(昭和47)年12月13日生まれ、愛知県小牧市出身の47歳。98年12月にお笑いコンビ「スピードワゴン」を小沢一敬と結成。ピン芸としては、カウボーイのようなスタイルでハンバーグにかけたギャグを繰り出す「ハンバーグ師匠」のキャラも大人気。メ~テレの「ドデスカ!」では長年スポーツコーナーを担当。趣味は美容、三国志、バイク、ダイビング。
PR情報

購読試読のご案内

プロ野球はもとより、メジャーリーグ、サッカー、格闘技のほかF1をはじめとするモータースポーツ情報がとくに充実。
芸能情報や社会面ニュースにも定評あり。

中スポ
東京中日スポーツ