勇猛果敢 宗助国の騎馬像 高岡銅器「四津井」が製作

2020年8月4日 05時00分 (8月4日 10時14分更新)
除幕された宗助国公騎馬像=長崎県対馬市で(四津井提供)

除幕された宗助国公騎馬像=長崎県対馬市で(四津井提供)

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長崎・対馬で除幕


 高岡銅器メーカー「四津井(よつい)」(高岡市瑞穂町)は、鎌倉時代の元寇(げんこう)(蒙古襲来)の文永の役で、対馬の小茂田浜(こもだはま)に上陸した蒙古(もうこ)兵の軍勢に対し、80余騎の手勢で勇猛に戦い、討ち死にした対馬国の守護代・宗助国(そうすけくに)(1207〜74年)の騎馬像を製作した。長崎県対馬市の小茂田浜神社に設置され、1日に除幕された。(武田寛史)
 元寇から七百五十年記念の二〇二四年までに銅像の設置を希望する対馬市の企業から一五年に受注。原型の構想を練り、一九年六月から鋳造、仕上げ、着色の工程に約一年かけて完成させた。
 宗助国の銅像は高さ四メートル、重量二トン。石の台座三・六メートルと合わせた高さは七・六メートル。宗助国を帥(いくさ)大明神としてまつっている小茂田浜神社に伝わる絵巻物を参考に、押し寄せる蒙古兵に向かって、波間の騎馬の上から矢を射かけた勇猛果敢な姿をよみがえらせた。
 担当した同社営業部四課の高倉雅臣課長(57)は「兜(かぶと)や甲冑(かっちゅう)は精密に作り上げ、兜の角は金色に着色した。一年かけた仕事の完成は感無量」と話す。放った矢も製作し、記念に依頼者に贈呈したという。
 同社は、これまでに対馬藩の初代藩主・義智(よしとし)の銅像や日本海海戦百周年のレリーフを製造したこともある。除幕式に出席した四津井宏至(ひろし)会長(77)は「銅像で国境の島の対馬の歴史を再認識してもらえるきっかけになれば」と話している。

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