<歴史に学ぶ>(34) うなる大地、収束願う絵馬 桑名の徳蓮寺

2020年8月3日 05時00分 (8月3日 05時02分更新)
ナマズやウナギの絵馬について話す伊藤勝道住職=三重県桑名市の徳蓮寺で

ナマズやウナギの絵馬について話す伊藤勝道住職=三重県桑名市の徳蓮寺で

  • ナマズやウナギの絵馬について話す伊藤勝道住職=三重県桑名市の徳蓮寺で
  • 江戸時代の大地震の犠牲者を弔う慰霊碑=三重県桑名市の徳蓮寺で
 弘法大師が刻んだという虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)像を本尊にいただき「コクゾッサン」と親しまれている。三重県桑名市多度町下野代の徳蓮寺。県文化財の252枚の絵馬が本堂を飾る。
 こんな伝説がある。江戸初期、夜ごと田んぼが光るので村人が掘り起こすと、過去の災害で行方不明になった本尊が現れ、像を守るように多くのウナギとナマズが周囲にいた。そこは「光田(こうでん)」と改称された−。
 うわさは広まり、遠く江戸からも絵馬が奉納された。「サイコロに錠」(賭け事をやめたい)といった図柄もあるが、7割弱は虚空蔵菩薩の使者とされるウナギと、地震の原因とも考えられたナマズを描く。「多度町史 民俗」によると、多くは江戸後期−明治の絵馬。伊藤勝道住職(49)は「当時は大地震が続いたころ。頼むから鎮まってよねって、アマビエの絵を貼るのに近い流行だったのでは」と推測する。
 災害よけの信仰が根付く古刹(こさつ)の境内には、1854年に起きたマグニチュード(M)7クラスの安政伊賀上野地震とM8クラスの安政東海地震、翌年のM7クラスの安政江戸地震、三つの犠牲者を弔う高さ70センチほどの石碑も。54年の地震では地元の庄屋が堤防の復旧を役所に願い出ており、寺の一帯でも少なからず被害があったようだ。
 開国を迫るペリーの黒船来航で、ただでさえ社会が揺れていた。平穏を求める人々の思いを、虚空蔵菩薩が一身に受け止めていたに違いない。 (谷村卓哉)

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