<備える> 巨大台風襲来時の広域避難

2020年8月3日 05時00分 (8月3日 05時02分更新)
 東海地方を巨大台風が直撃した場合、伊勢湾に面する海抜ゼロメートル地帯を中心に自治体の枠を超えて住民を避難させる「広域避難」が必要になる。昨年の台風19号では東京都江東区など荒川流域で最大二百五十万人の広域避難が検討されたが、鉄道の計画運休の動きが既に固まっていたことなどもあり、見送った経緯がある。この地方が巨大台風で高潮や洪水に見舞われた際、広域避難は実現できるのか。現状と課題を探った。 (榊原智康)
 国土交通省中部地方整備局と愛知、岐阜、三重の三県、関係十五市町村、電力、ガス、交通各社などでつくる「東海ネーデルランド高潮・洪水地域協議会(TNT)」は四月、東海地方への巨大台風直撃に備えた行動計画を五年ぶりに見直した。台風19号を教訓として、時系列で想定する「タイムライン」に、計画運休前に鉄道による広域避難を終えることなどを盛り込んだ。
 TNTは、観測史上最大とされる一九三四年の室戸台風クラス(上陸時九一〇ヘクトパスカル)の「スーパー伊勢湾台風」が来襲するケースを想定。濃尾平野を流れる木曽三川や庄内川の流域などの海抜ゼロメートル地帯を中心に高潮や洪水で約四百九十平方キロが浸水し、事前避難が行われないと最大二千四百人が死亡するとの試算を二〇一七年に公表している。
 行動計画では、全五十三機関を対象に取るべき行動などを時系列で示すタイムラインを作成。(1)台風上陸二十四時間前までに広域避難を開始(2)計画運休が始まる同十二時間前までに鉄道による広域避難完了(3)同九時間前までには臨時バスや自家用車などによるすべての広域避難完了−とした。
 事務局を務める中部地方整備局の担当者は「広域避難の開始や終了、計画運休のタイミングをタイムラインに明示することで、関係者の共通理解をより深めていきたい」と説明する。
 台風による高潮と洪水の浸水エリアを含む市町村の住民は二百四十三万人で、そのうち地域内で収容できず、広域避難が必要になるのは二十五万人と試算。洪水による浸水は高潮発生から遅れて起こるとし、高潮による浸水に備えて最初に広域避難しなくてはならないのは十六万人になると見積もった。
 これだけ大人数の広域避難を実現させるには、避難勧告などが出る前にあらかじめ親戚や知人宅に身を寄せる「自主避難」(自主的な広域避難)を住民に促すことが重要とも指摘した。
 一方、TNTと並行する形で、木曽三川下流部では「広域避難実現プロジェクト」と題した取り組みが一六年度から進められている。中部地方整備局木曽川下流河川事務所が事務局を務め、TNT関係十五市町村のうち、愛知県津島市、愛西市、弥富市、蟹江町、飛島村、岐阜県海津市、三重県桑名市、木曽岬町の八市町村が参加している。
 プロジェクトでは現在、自主的な広域避難のルール作りを進めており、近く公表する予定。木曽川下流河川事務所の担当者は「危ないから逃げてとの号令を掛けるルールができる。ただ、広域避難の実現に向けてのスタートに立ったようなもので、避難先の確保など課題はまだ多い」と話す。
 避難先の確保のためには、避難が必要となる住民を抱える自治体が、受け入れ先の自治体と協定などを結ぶ必要がある。同事務所によると、桑名市と木曽岬町は、三重県いなべ市と東員町に受け入れてもらう協定を締結。海津市は一部地区について、桑名市の浸水地域外の地区の避難所で受け入れてもらうことで合意している。
 ただ、木曽三川の下流地域以外も含め、その他の市町村では具体的な受け入れ先は決まっておらず、浸水地域外での避難先確保が最大の課題となっている。

 東海ネーデルランド高潮・洪水地域協議会 愛知、岐阜、三重の3県にまたがる海抜ゼロメートル地帯を「東海ネーデルランド」と名付け、国内過去最大級の台風に襲われた場合の対応策を協議する組織。2006年に設置され、現在は、国の出先機関や3県、高潮や洪水の被害が予想される15市町村(名古屋市、愛知県津島市、稲沢市、愛西市、弥富市、あま市、大治町、蟹江町、飛島村、岐阜県海津市、養老町、三重県桑名市、木曽岬町、朝日町、川越町)、鉄道や電力、ガスなどライフライン各社など53機関が参加している。事務局は中部地方整備局が務める。「ネーデルランド」は、オランダ語でオランダ本国のことを指し、「低地地方」を意味する。

協定、自治体の重複回避へ調整を

辻本・名古屋大名誉教授に聞く

 TNTで学術面から助言などをする「総括ファシリテータ」を務める辻本哲郎・名古屋大名誉教授(河川工学)=写真=に、広域避難のポイントなどを聞いた。
 −台風19号では、広域避難の課題が浮き彫りになった。
 鉄道が早くから計画運休したことが、ある意味で想定外だった。広域避難は長い距離の移動になるので、公共交通機関に頼るところがある。ただ、計画運休を早めにやることは悪いわけではない。計画運休の開始時間なども避難計画の中に、きちんと位置付けておく必要があることが分かったととらえている。
 −広域避難を実現するには避難先の確保が課題になる。
 避難する自治体と受け入れ先の自治体が協定を結ぶことが非常に重要。ただ、浸水想定区域の全自治体が(浸水が想定されない)近隣の自治体と協定を結ぼうとすると、バッティングするケースも出てくるだろう。受け入れ側の自治体も本来なら協議会の中に入ってもらい、一緒に議論しないといけない。
 −近年、台風の大型化が進んでいる印象がある。避難計画などの取り組みにはスピード感が求められる。
 急がなければいけないが、一朝一夕にパーフェクトな形ができるわけではない。協議会では、もともとの法的な取り決めなどを超えて、どうすればいいかを話し合ってきた。実際に巨大台風が来たら、法的に決められていないこともせざるを得なくなるだろう。いつでもできるようにトレーニングしておく必要がある。これまでも、なかなか合意には至らないことについても関係機関で「図上訓練」などをしてきた。これらの訓練はこれからもやっていく。
 −自治体の避難勧告などの発令前に浸水想定区域外の親戚宅などに避難する自主避難について、どう考えるか。
 協議会で、どれだけの人を広域避難させなければいけないか試算した時に、行政が主導する避難だけでは物理的にできない数がでてきた。この地域は自主避難を増やしていかないと、全員助かることは難しいエリアといえる。自主避難を増やしていくにあたっては、ルールを作らないといけない。行政主導の広域避難をしようと思っている時に、やたらめったら動かれても困る。広域避難の前に、自主避難の時間帯というのを設けなければいけない。

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