序二段からの復活劇「大関の名を汚した」そんな声も耳にした照ノ富士は「続けてきてよかった」次なる夢は…

2020年8月2日 23時25分

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照ノ富士(左)が寄り切りで御嶽海を破り優勝を決める

照ノ富士(左)が寄り切りで御嶽海を破り優勝を決める

  • 照ノ富士(左)が寄り切りで御嶽海を破り優勝を決める

◇2日 大相撲7月場所千秋楽(東京・両国国技館)

 元大関で東前頭17枚目の照ノ富士(28)=伊勢ケ浜=が御嶽海を破って13勝2敗とし、2015年夏場所以来となる2度目の優勝を遂げた。幕内最下位の幕尻力士の制覇は1月の初場所の徳勝龍以来で3人目。2度目の殊勲賞と初の技能賞も獲得した。
 これまで枯れるほど泣いてきたのに、まだ込み上げてくる涙を照ノ富士はグッとこらえた。
 「いろんなことが頭に浮かんできた。でも、落ち着いてこらえてって感じですね。うれしくて何が何だか分からなかったっすね」
 この結末をいったい誰が予想しただろう。愛知県体育館のようなせみ時雨も、むせ返るような暑さもない。だが、梅雨が明けたここ東京・両国国技館を、照ノ富士が驚きと感動の熱気で包み込んだ。
 「ここまでやれると思ってなかった。続けてきてよかった。いろんなことがあったけど、最後はこうやって笑える日が来ると信じてやってきたんで」。23歳だった初賜杯から5年2カ月。そっと笑みをこぼした。
 国技館に飾られている自分の優勝額を土俵下から見上げた。「あと何場所かでなくなる。なくなる前に優勝したいと思ってたんで」。32枚しか飾れない優勝額。それがなくなると、自分の存在まで消えてしまいそうで怖かった。
 何度も師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)にやめたいと伝えた。坂道を転げ落ちるように番付を下げた。元大関が幕下以下で相撲を取るのも初めてなのに、ついには序二段へ。「大関の名を汚した」。そんな声も聞こえてきた。
 それでも、一度やると決めたら上だけを見続けた。十両に復帰した今年初場所前にはこう言っていた。「夢に出てくるくらいだからね、結びの土俵に上がってるのが。自分が勝った姿しか夢に出てこない」。13日目に白鵬が休場したため結びの一番を務め、朝乃山に勝った。再入幕の場所で早くも正夢とした。
 そういえば、2015年5月場所後の大関昇進伝達式で、照ノ富士はこんな口上で気持ちを伝えていた。「謹んでお受けいたします。今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」。口上の決まり文句となっている「大関の名を汚さぬように」は入っていない。
 ここで復活劇が終わりではない。むしろ始まりだ。もしかしたら横綱土俵入りを披露している自分の姿が、もう夢に出ているかもしれない。

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