支え合い 70年の歩み 週のはじめに考える

2020年8月3日 05時00分 (8月3日 05時00分更新)
 戦後七十五年を迎えた今年、ちょうど七十年となった社会の歩みがあります。
 生きる上で困難に直面した時、人と人が支え合う社会の仕組み。そう、社会保障制度の歩みです。
 終戦から五年後の一九五〇年、政府の社会保障制度審議会が、当時の吉田茂首相にある提言書を出しました。

社会保障制度の原点

 「社会保障制度に関する勧告」
 出された年にちなんで「五〇年勧告」と呼ばれます。
 生存権を保障する憲法二五条の理念に沿って、今後歩むべき戦後の「支え合い」社会の青写真を示しました。戦後の社会保障制度づくりのいわば原点です。
 読み返すと年金や医療、失業給付、生活保護など今ある制度の原型が示されています。
 勧告はその中核に社会保険を置きました。保険料という負担を分担し、困難を抱えた人に支援をする考え方で、個々人が支え合いの意識を共有しやすい仕組みです。
 年金、医療、失業給付などは社会保険です。二〇〇〇年からは介護保険も加わり、今では社会保障に使われる費用の約九割を社会保険制度による給付が占めるまでになりました。
 一九五〇年ごろの社会は、激しい失業と貧困に見舞われた混乱期でした。
 そんな中で経済学者の大内兵衛氏を会長に学者や関係団体、国会議員ら約四十人でつくられた審議会が、将来社会を見据えた勧告を果敢にまとめたのです。
 勧告の序説では、戦後の平和と民主主義を体現していくにはその前提である国民生活があまりに窮乏しているとして「いかにして国民に健康な生活を保障するか。いかにして最低でいいが生きて行ける道を拓(ひら)くべきか、これが再興日本のあらゆる問題に先立つ基本問題である」と訴えています。
 強い責任感がうかがえます。

直面する少子高齢化

 戦後の社会保障は、貧困から救う「救貧」から始まり貧困に陥らない「防貧」へ目的を変え、経済成長期を経て、より生活の質の向上を目指しました。六一年に国民全員が年金、医療制度に加入する国民皆保険も達成しています。
 勧告から七十年の今、直面する問題があります。制度の土台を揺さぶる少子高齢化です。人口減は戦後、初めての経験です。
 林立する各制度は財源の再分配の制度でもあります。ところが保険料や税を負担する現役世代の減少で財源確保が大きな課題になりました。社会は成熟し、以前のような経済成長も見込めません。
 少子化で制度の支え手も減っています。必要な費用や人手などの「負担」を誰がどれくらい引き受けるのか、この問題から逃げるわけにはいかない状況です。
 新型コロナウイルス感染症は、別の問題も浮き彫りにしました。
 一つは突然襲った感染症への備えです。対策の最前線に立つ保健所は削減され、対応できる医療資源が脆弱(ぜいじゃく)だと分かりました。
 実は、五〇年勧告では感染症対策などの公衆衛生も国民の健康を守る社会保障の重要な柱に位置付けています。当時は、結核が猛威を振るい年間の患者は約百三十八万人にも。政府の医療費の35・3%が結核対策に使われました。
 ひるがえって今、深刻な感染症は封じ込められ過去の問題との風潮がないでしょうか。二〇〇九年の新型インフルエンザ流行で、新感染症がいつ現れてもおかしくないと政府は認識すべきでした。
 二つ目は住宅対策です。教育費と並び住宅費は家計を圧迫しています。コロナ禍で失業や休業を余儀なくされるとローンや家賃負担に耐えきれず家を失う人がいます。
 欧州では戦後、社会保障政策の一部と考え、広く公的な住宅整備や住宅手当などが普及しました。一方、日本では住宅政策は社会保障から抜け落ちています。個人で確保するものとの発想が根強い。
 しかし、住居は生きる上で必要なものです。五〇年勧告では低所得者層の住宅整備の必要性に短く触れただけですが、後に別の勧告で踏み込んで求めています。
 五〇年勧告は、国民にも「連帯の精神」の大切さを説いています。支え合いはそこが核になることは今も変わりません。

コロナ禍に見た希望

 コロナ禍でも支え合いの土台を強固にするための希望が見えます。今、多くの人がマスクをしています。それは自分を守るというより相手に感染を広げないため。お互いに気遣えばお互いを守ることになる。しっかりと支え合いの根の存在を感じます。この根をもっと強く広く張り巡らせたい。
 「時代はそれぞれの問題をもつ」と五〇年勧告は指摘します。そしてこう呼び掛けています。
 「問題はそれぞれの解決法をもつ」。それはきっとあるはずです。

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