下校中に亀山列車銃撃、記憶たどり文章に 津の伊川さん

2020年8月2日 05時00分 (8月2日 10時43分更新) 会員限定
列車で銃撃された記憶を語る伊川さん=津市桜橋2で

列車で銃撃された記憶を語る伊川さん=津市桜橋2で

  • 列車で銃撃された記憶を語る伊川さん=津市桜橋2で
  • 米軍機から銃撃を受けて列車が停止した現場=亀山市天神2で(戦争遺跡に平和を学ぶ亀山の会提供)
 太平洋戦争が終わる十三日前、亀山駅を出たばかりの列車に米軍機が機銃掃射し、多くの犠牲者が出た。その列車に乗っていて助かった伊川義安さん(89)=津市桜橋二=は、当時の記憶を初めて文章に書き留めた。「勝てそうにない相手に戦争を挑む無謀なことを繰り返さんよう、僕らが記録を残していかなあかん」と話す。 (渡辺雄紀)
 一九四五年八月二日の昼すぎ、現在の同市大里に住んでいた伊川さんは、通っていた亀山市内の学校を終え、亀山駅で鳥羽行きの列車に乗った。女子生徒は最前列、男子生徒は最後列の車両に乗る決まりがあった。「おむすびを食べようとしている乗客をおいしそうやと思って見ていた」。いつも通りの風景だった。
 列車が出発し、鈴鹿川の鉄橋を渡った直後、「狙われてる!」と誰かが叫んだ。同時に「バリバリバリ」とごう音が響いた。列車は急停止し、伊川さんは無我夢中で飛び出し、草むらに伏せた。撃たれて腹から血を出す人が「助けてくれ」と叫んでいた。客車にいた軍人らしき壮年の男性は、米軍機に立ち向かうように仁王立ちしていた。
 米軍機が飛び去った後、線路に沿って家に歩いて向...

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