中日春秋

2020年8月2日 05時00分 (8月2日 05時02分更新)
 作家の向田邦子さんが飼い犬の「ボン」と別れなければならなかった日のことをエッセーに書いていた。家の外で飼っていたのだろう。雨が降っていたそうだ。お別れに好物だったソーセージをあげた
▼事情がわからないボンは太いしっぽを振って食べていた。犬好きは続く向田さんの文章に胸がしめつけられるかもしれない。「雨に濡(ぬ)れた犬の体は、冷たいおみおつけの匂いがした」
▼なるほど、濡れた犬は不思議なにおいを放つ。ちょっと酸っぱく、梅雨時はひときわ強くなる。あまり心地よいにおいではないが、犬がいなくなり、そのにおいも消えることを思えば寂しさも一層つのる
▼やっと、「冷たいおみおつけの匂い」も一区切りか。東海地方、関東甲信地方の梅雨明けが昨日発表された。太陽がまぶしい。夏の日を浴びた犬のにおいは焼いたパンのように少し甘くなる
▼梅雨明けが八月にずれ込むのは珍しいそうだ。「ノーレイン ノーレインボー」(雨が降らなければ、虹は出ない)、「やまない雨はない」。雨にまつわる前向きな言葉を疑いたくなったほど、今年の梅雨はしつこかった
▼梅雨明けにも気が重いのは明ける気配のないコロナという長い長い、別の「梅雨」のせいだろう。急増する新規感染者数を見れば土砂降りはなお続くのか。ワクチンや特効薬という傘もない。楽しみにくい真夏の到来が恨めしい。

関連キーワード

PR情報