本文へ移動

照ノ富士1976年秋場所以来の元大関の平幕優勝見えた!「鉄」の意志を持つ元大関が相撲史に残る復活劇を見せる

2020年7月31日 21時31分

このエントリーをはてなブックマークに追加
照ノ富士(左)が寄り切りで朝乃山を破る

照ノ富士(左)が寄り切りで朝乃山を破る

◇31日 大相撲7月場所13日目(東京・両国国技館)


 何かと話題になる相撲界の世代交代とは何だったのか。まるで時計の針が戻ったかのように、大関時代と何ひとつ変わらない東前頭17枚目の照ノ富士(28)=伊勢ケ浜=が、大関朝乃山(26)=高砂=との“1敗対決”を制した。
 お互い得意にしている右四つとはいえ、伸び盛りの新大関をその右四つからねじ伏せる。「相手は大関なんで。強い相撲を取ってるから、自分の形に持っていこうと思った」。謙遜すればするほど照ノ富士の強さが際立った。
 史上初めて序二段まで落ちた元幕内が再入幕した。「できればこういう結果(再入幕)に、オリンピック前にしたいと思ってたんで」。それだけでも十分にミラクルなのだが、1976年秋場所で魁傑しか成し遂げていない、元大関の平幕優勝が14日目にも決まる展開となった。
 力が落ちて番付を下げたわけではない。けがや病気が治ればまた復活できると信じてきた。6歳のときに鎖骨を骨折したことはあるが、大きなけがや病気とは無縁。体があまりにも大きくなりすぎて、逆に何かの病気じゃないかと心配された健康優良児であった。大関に昇進した時も「生まれてから今まで体重が減ったことがない」と豪語していた照ノ富士が、大関から転落する2年前はボロボロになっていた。
 「右膝前十字靱帯(じんたい)はない。左膝の半月板もない。左ひじにはねずみ。腎臓結石。C型肝炎。糖尿病。こんなんじゃ無理」と白旗を挙げたことも。尿には血が混じり、朝になって起き上がることも、トイレに行くのも、四股を踏むのもつらい時があった。
 それでも、復帰の道を歩み始めた時は「自分がどこまでやれるのか、どこまで通用するのか試したい」。自分との闘いに勝ってここまできた。
 名前は父ガントルガさん、母オユンエルデネさんからガンエルデネとつけられた。モンゴル語でガンは鉄。エルデネは宝という意味。身体はボロボロでも心は「鉄」の強さを持ち続けた。残り2日。「やれることを全部やりたいと思ってやりました。まだ2番ある」と口元を引き締める。考えみてほしい。3場所前は幕下力士。相撲史に残る復活劇を見逃すわけにはいかない。

関連キーワード

PR情報

購読試読のご案内

プロ野球はもとより、メジャーリーグ、サッカー、格闘技のほかF1をはじめとするモータースポーツ情報がとくに充実。
芸能情報や社会面ニュースにも定評あり。

中スポ
東京中日スポーツ