中日春秋

2020年7月30日 05時00分 (7月30日 05時02分更新)
 広島の港に向かう船の上で、大粒の雨にあった。顔や服が黒ずむ。井伏鱒二の小説を今村昌平監督が映画化した『黒い雨』は原爆投下後の雨を浴びた若い女性が、次第に悪くなる体調に悩み、恐怖し、世間からの目にも苦しむ姿を描いた
▼田中好子さん演じる主人公が発症前に、縁談の辞退を申し出る場面が切ない。<黒い雨にも毒があったいうことじゃし、いろいろありがとうございました>
▼「黒い雨」を浴びたのに、国の対象区域の外であったために援護が受けられなかったなどとして、広島県の人たちが、県などに処分取り消しを求めた訴訟は、原告の全面勝訴となった
▼大雨と小雨に分け、大雨のみを援護の対象とした国に、判決は、地域を単純に当てはめるべきではないなどと指摘している。原告らが、黒い雨の影響を受けたことも認めた
▼原告には喜びが広がっているが、原爆投下からは、七十五年が過ぎる。原告の高齢化が進んでいて、判決を前に亡くなった方もいる。「毒」に恐怖を抱き、悩んだ長い時間の苦しみは、簡単に癒やせるものではないだろう。国の援護の在り方が問われたようである
▼<わしらは、国家のない国に生(うま)れたかったのう>。小説の『黒い雨』にある言葉である。矛盾した言い方ではあるが、同じ思いにとらわれた方もいるのではないだろうか。被告側は、控訴すべきでないように思える。

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