五輪に人生を変えられた…男子バレー・福沢達哉が『あの日』から追い続ける12年間の夢「北京の借りを返すまでは…」

2020年7月31日 18時00分

このエントリーをはてなブックマークに追加
2012年の五輪最終予選で中国に敗れ、倒れ込む福沢

2012年の五輪最終予選で中国に敗れ、倒れ込む福沢

  • 2012年の五輪最終予選で中国に敗れ、倒れ込む福沢

◇記者コラム


 12年前のあの日から、たった1つの夢を追う男がいる。バレーボール男子日本代表、福沢達哉(34)=パナソニック=は言う。「12年間、一つの目標に向かって何かをやり続けるというのは、そうそうないと思うんですよね、人生の中で。けれども僕にとってオリンピックはそれだけ大きなもの。12年を懸けるだけの価値があるべきもの」
 2008年、代表最年少の大学4年で出場した北京五輪は全敗。もぎ取れなかった五輪での1勝を目指し、戦い続けた。所属先は日本有数の大企業。安定した正社員生活を送る選択をせず、ひたすら。その間に結婚して4人の娘が生まれた。成長を求めてブラジル、フランスと2度の海外挑戦もした。
 現実は甘くはない。日本の男子バレーが世界の覇権を握っていたのは半世紀前。北京五輪後は、2度も五輪予選で道を阻まれた。引退の2文字が頭をよぎったこともある。だけど北京の借りを返すまではやめられなかった。「五輪に自分の人生を変えられているというのは、今になってすごい思う」と苦笑する。
 北京五輪予選で日本男子16年ぶりの五輪切符を獲得した日の夜。同期の清水邦広(33)と闇の中で輝く東京タワーを眺め、「次は俺たち2人がやってやるぞ」と誓い合った。あの高揚した気持ちを知るからこそ東京五輪1年延期にも、「大きな困難を乗り越えた、その成功例として五輪が開催されたとき、今年開催されたときよりも1つも2つも大きい感動が待っている。そう信じています」と受け止める。
 開催も危ぶまれている五輪だが、「何一つやることは変わらない。自分が最終ゴールにたどりつくために、どういう道を歩んでいくのか、それだけ。それを見せるのがアスリートの責任」。いちずに夢と向き合い、打ちのめされて、また前を向く。そんな12年間で、考え方がよりシンプルになったという。まだ見ぬ夢を追う1年が、始まった。(平野梓)
PR情報

購読試読のご案内

プロ野球はもとより、メジャーリーグ、サッカー、格闘技のほかF1をはじめとするモータースポーツ情報がとくに充実。
芸能情報や社会面ニュースにも定評あり。

中スポ
東京中日スポーツ