SKE48・高柳明音 名古屋で生まれ育った生粋の竜党の私…一番最初に好きになったのは井端選手 見に行くと必ず活躍してくれた

2020年7月28日 06時00分

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ナゴヤドームを訪れた高柳明音(本人提供)

ナゴヤドームを訪れた高柳明音(本人提供)

  • ナゴヤドームを訪れた高柳明音(本人提供)

高柳明音のドラ放談

 竜党を自負する著名人が独自の視点でドラゴンズ愛を語る「ドラ放談」。今回登場するのはSKE48の高柳明音さん(28)。名古屋で生まれ育った高柳さんは、熱烈なドラゴンズファン。井端弘和さん(本紙評論家)の大ファンだったというが、その理由は、見にいくといつも活躍してくれたからだという。チームは首位から9ゲーム差の最下位と苦境にいるが、逆襲を信じる高柳さんは、ドラゴンズ愛を込めてエールも送った。高柳さんのコラムは月1回の予定で掲載します。

『まっぺん打たんか!』『たぁけかぁ!』家での観戦で飛び交った名古屋弁

 名古屋生まれ、名古屋育ち。家族も、親戚も、生粋のドラゴンズのファンだ。私の生活の中には気づいたら野球があって、家で観戦するときは家族、親戚のいろんな言葉が飛び交っていた。
 『打て!!』
 『よっしゃあ!!』
 『よおーやった!!』
 『まっぺん打たんか!』
 『まぁかん』
 『なぁにやっとんだぁ!』
 『たぁけかぁ!』
 皆、名古屋弁がより一層ひどくなる(笑)。

ドラゴンズがスポーツ観戦の楽しさを教えてくれた

 家で見る野球も、ナゴヤドームで見る野球も好きだった。子どもながらにして選手の活躍、応援歌やドームの雰囲気に高揚感を覚え、スポーツ観戦の楽しさを教えてくれたのは野球で、ドラゴンズだった。
 小学生のころは友達やその家族と大人数で観戦に行ったこともあった。小学6年のときに野球部に所属していたこともあり、野球のルールをちゃんと知って見に行ったのはこのころからで、子どもって単純だから、自分のやっていること、知ったばかりの知識を生かせると、ものすごくうれしい。私はもっと野球が好きになりました。
 そのころから自分の中でも、この選手が好きだって自覚が生まれた。私が最初に好きになった選手は井端選手だった。後にSKE48という名古屋のアイドルグループに加入して、仕事で対談することになるとは思いもしなかった。ま、その話はまたいつかに置いておいて、引き続き私が野球を、ドラゴンズを好きになった最初のころの話に戻る。
 井端選手を好きになったキッカケは実に子どもらしい単純な理由。私が観戦に行くと必ず活躍していた。それが子どもの私にとっては一番の大きなことで、私が見にいくと打ってくれる、気持ちを上げてくれる、最高の選手だった。
 選手ごとの応援歌を最初に覚えたのも、もちろん井端選手だった。そしてアライバコンビが好きだった。そんな私の一番最初のドラゴンズとの思い出話でした。

現在の注目は大島選手!ここから!頑張れ!

 そして、現在の私が注目しているのは…大島選手! また必ずドームへ応援に行きます! ここから! 頑張れ! ドラゴンズ!!(アイドル・女優)
◆高柳さんが口にした名古屋弁って 高柳さんが野球観戦時に口にしたと記した名古屋弁の意味は以下の通り。
 ▽まっぺん打たんか=もう一度打て
 ▽まぁかん=もうだめだor許せない
 ▽たぁけかぁ~=ばかか
▼高柳明音(たかやなぎ・あかね) 1991(平成3)年11月29日生まれ、名古屋市出身の28歳。09年にSKE48に所属となり、その後14年までチームK2のキャプテンとして活動。昨年SKE48卒業を発表し、現在は女優業をメインに幅広く活躍。2nd写真集「いつか、思い出したいこと。」が好評発売中。中日ドラゴンズ、プロバスケットボールBリーグ・シーホース三河など地元チームを応援。趣味は写真撮影、鳥飼育
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