金沢が舞台 “ライト文芸”の世界

2020年7月26日 05時00分 (7月26日 11時10分更新)

 

 
 石川県輪島市出身で、富山県在住の上田聡子さん(36)が今月、小説「金沢 洋食屋ななかまど物語」(PHP文芸文庫・770円)で作家デビューした。一般文芸と、若者向けのライトノベルとの中間に位置付けられる新ジャンル「ライト文芸」の小説。この分野で近年、金沢を舞台にした作品が増えつつある。なぜ、金沢が注目されているのか?(堀井聡子)

 ライト文芸 ライトノベルのように、登場人物をキャラクター化したイラストの表紙が特徴的な、文庫書き下ろしのエンターテインメント小説。「キャラクター小説」などとも呼ばれる。個性的なキャラクターが特徴のライトノベルと比べ、より物語性を重視した内容になっている。

実際の場所登場 現実味出る
上田聡子「金沢 洋食屋ななかまど物語」(PHP文芸文庫)

 『金沢 洋食屋ななかまど物語』は、洋食屋の一人娘で主人公の神谷千夏が、思いを寄せている常連の大学院生・丹羽悠人と、父が後継者として連れてきた若いコック・紺堂直哉との間で揺れ動く純愛物語。作中には、金沢の観光地が多数登場する。金沢21世紀美術館やひがし茶屋街、近江町市場、湯涌温泉−。上田さんは「当初は、金沢と富山を混ぜた架空の街の設定だった」と明かす。
 小説は、文章やイラストの投稿サイト「note」に二〇一七年に掲載した作品が基になっている。昨年、作品が編集者の目に留まり書籍化が決定。その際、文量を増やして舞台を金沢にするよう注文があった。実在する場所を描写するため現地へ行ってみたり、正しい読み仮名を問い合わせたり。「実際にある場所を舞台に入れることで物語にリアリティーが出る」
 七歳から本を書く夢があった上田さんにとって本作は、初めて原稿用紙百枚分以上を書いた思い入れのある作品だ。十代のころは、荻原規子(のりこ)さんや森絵都さんら女性作家を中心に読みあさった。東京の上智大に進学して文芸サークルに入ったが「長い物語が書けず、何度も書き始めてはすぐにやめてしまった」という。
 卒業後は金沢へ移住。一四年からnoteに短編を投稿するようになって以来、少しずつ長い文章が書けるようになり、同人誌も販売した。一七年に富山市に引っ越し、ななかまど物語を書き上げた。
 金沢で店を継ぐ夢がある主人公の千夏と、卒業後に東京へ戻ってしまう丹羽。思いが通じ合えば、きっと自分の夢はかなわない。読者の中にもほろ苦い恋を経験した人がいるはずだ。「読む人の傍らに寄り添い、背中を押す物語を書きたかった」と上田さん。ライト文芸だけでなく、「いろんな一面が見せられる作家になりたい」と次の一歩を見据えた。

みゆ「金沢金魚館」(集英社オレンジ文庫)

 近江町市場近くにあるレトロな喫茶店「金魚館」で働く青年・古井戸薄荷には、他人の過去や思い出が「えてしまう」という秘密がある。女子大生・東野花純かすみや店長の別流瀬べつるせ隆治とともに、ひと癖ある常連客たちが起こす事件の謎解きに挑む。

編乃肌あみのはだ「金沢つくも神奇譚きたん」(マイナビ出版ファン文庫)

 空気を読みすぎる主人公・玉緒は、東京の会社を辞めて故郷の金沢に戻ると、小説家だった亡き祖母の書斎で、古い万年筆に憑(つ)いたつくも神・マネに出会う。祖母の書き残した小説を完成させるため、金沢の工芸品に憑いたつくも神たちと心を通わせていく。

峰守ひろかず「金沢古妖具屋ふるようぐやくらがり堂」(ポプラ文庫ピュアフル)

 金沢に転校してきた高校生葛城汀一かつらぎていいちは、古道具店「蔵借堂くらがりどう」のつぼを壊したせいでアルバイトをすることに。実はここ、妖怪たちの道具「妖具ようぐ」を扱う店だった! 人ならざる存在の世界に引きつけられるうち、妖怪で同級生の濡神時雨ぬれがみしぐれともうち解けていくが…。

土地のイメージで雰囲気表現
大橋崇行・東海学園大准教授

 なぜライト文芸が生まれたのか。東海学園大准教授で、ライトノベルやライト文芸作品を執筆している作家の大橋崇行さん(41)は、「中高生時代にライトノベルを読んでいた大人をターゲットに、2009年に角川書店がメディアワークス文庫を創設したのがきっかけだった」と説明する。
 人気に火を付けたのは同文庫から11年に出版された「ビブリア古書堂の事件手帖(てちょう)」シリーズ(三上延著)。実写とアニメで映画化もされた。その後、他の出版社も次々とライト文芸の文庫を創設。この頃、インターネット上で創作小説を発表する人も増え、今回の上田聡子さんのように、出版社が作家をネットで発掘するようになった。
 次第に読者は10〜40代の女性が中心に。それに合わせ、テーマも恋愛や、職業が題材の「お仕事」、妖怪が登場する「あやかし」、実在の土地が舞台の「ご当地」などが定番化した。
 舞台で多いのは、京都や東京の下町、そして金沢。大橋さんは「舞台の土地が持つイメージで作品の雰囲気が表現できる。レトロな街は観光地として女性に人気で、あやかしが登場する作品にも合う」と古い街が選ばれる理由を挙げた。「特に金沢は北陸新幹線が開業し、東京から行きやすくなったことも理由では」
 ライトノベルの読者の年齢層が以前より上がってきたのに対し、ライト文芸の年齢層はさまざまで、学校の図書館にも置かれている。扱うテーマが幅広く、一般文芸の書棚にも並べやすい利点がある。大橋さんは「一般文芸より気軽に読め、感動したりほっこりしたりする。今やライト文芸は定着した新ジャンルです」と話した。

ほりいの深掘り

 作品を読みながら、自分も登場人物たちと一緒に金沢の街を歩いているようでした。でも、作中に出てくる全ての場所が明らかにされているわけではありません。「大学名は、読んだ人が『もしかしてうちの大学かも』と想像して楽しんでもらうため、あえて伏せました」(上田さん)。実在の場所が舞台でも、一人一人が思い描く金沢は違った景色になっています。
 ちなみに千夏と丹羽が初詣をした金沢神社は、実は作者の上田さん自身が結婚式を挙げた思い出の場所だそうです。

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