本文へ移動

異郷で戦死、米兵慰める 湖西市で住民ら平和願う

2020年7月25日 05時00分 (7月25日 05時03分更新)
米兵の慰霊祭で焼香する参列者ら=湖西市新居町の神宮寺で

米兵の慰霊祭で焼香する参列者ら=湖西市新居町の神宮寺で


 太平洋戦争末期に、湖西市新居町に設置されていた高射砲で迎撃されて戦死した米軍機搭乗員十人の慰霊祭が命日の二十四日、同町の神宮寺で営まれた。影山剛士市長ら十四人が参列し、平和を願った。
 一九四五年七月二十四日、搭乗員十人が乗った米軍機は新居町上空に侵入し、迎撃され町内に墜落した。「敵国でも亡くなれば仏。異郷に戦死した米兵を慰めたい」と当時の新居町長や新居署長、神宮寺住職らが供養祭を行った。これに感動した町民有志らが浄財を募り、五二年四月、寺に慰霊碑を建立した。
 慰霊祭は長らく途絶えていたが、戦後七十年の節目に「新居古里ガイドの会」らが復活させて慰霊碑の前で開いてきた。今年は米兵らの位牌(いはい)を作ったので本堂で行った。
 会場では、同寺の御詠歌部の女性らが鈴と鉦(かね)を奏でながら御詠歌を歌った。鎌田岳道住職らが読経する中、参列者が焼香した。ガイドの会代表の寺田敏幸さん(78)は「慰霊祭は今後も続けていきたい」と述べ、影山市長は「今年は目に見えない新型コロナウイルスとの戦い。皆さんと力を合わせていきたい」と呼び掛けた。 (桜井祐二)

関連キーワード

PR情報