本心<305>

2020年7月17日 05時00分 (7月21日 00時23分更新)
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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第九章 本心

 母なりに、人生と果敢に渡り合っていたのだった。実際に、母を追い詰めたのはこの社会だった。母は、かなり奇抜な方法を選んでまで、どうにか“普通”であろうとしていた。そして、母にとっては、この僕こそは、“普通”から逸脱した、どうしても取り繕うことの出来ない現実だった。
 それでも母は、人生に幸福を見出(みいだ)していただろうか?
 母がもし、――そう、もし或(あ)る日、僕に、その人生のすべてを打ち明けていたならば、――そして、僕がそれを理解してあげられるほどに、十分に成熟していたならば、その時には、やはりこう言ったのではあるまいか。――「お母さん、もう十分だよ。」と。
 僕があの時、安楽死の希望を聞き容(い)れていたなら、母は死ぬ前に、自ら僕の出産を巡る経緯を、話すつもりだったのかもしれない。それは、義務感からというよりも、ただ、聴いてもらいたかったからではあるまいか? そして、僕が母の安楽死の意思を、闇雲(やみくも)に拒絶することなく理解し、その話に耳を傾けていたなら、その時こそは、母は安楽死の意思を翻していたのではなかったか? つまり、母は今もまだ生きていて、僕の傍らにいたのでは?……
 そうなのだろうか?――わからなかった。それを知っているのは、母だけだった。母に教えてほしかった。あと一度だけでもいい。会って言葉を交わすことが出来るなら、どんなに幸福だろうか! 思い出はたくさんある。けれども僕は、かつての僕としてではなく、今日の僕で、今、母と話がしたいのだった。
 僕は、 V F (ヴァーチャル・フィギュア)の<母>の自然な反応が、いつか僕の心を満たしてくれると期待していた。けれども、そこに根本的な間違いがあったのかもしれない。僕が本当に求めているのは、僕に対する、母の外向きの反応ではなかった。母の心の中の反応だった。母が、僕の言葉に触れて、何かを胸に感じるということ。僕の存在が、母という存在の奥深い場所に達して何かを引き起こすということ。――僕が今、どうしても欲しているもの、そして、もう決して手に入らないのは、その母の内なる心の反応だった!

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