本心<303>

2020年7月15日 05時00分 (7月19日 00時04分更新)
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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第九章 本心

 僕は、自分の出生について、膝を抱えながら考えた。そして、これまで味わったことがないような、深い孤独を感じた。それは、出産時の母の孤独と、分かち難く結び合っているように思われた。
 藤原は、作家らしい態度で理解を示したが、僕はどう考えてみても、自分の生物学上の父という存在に、親しみの感情を抱けなかった。
 善意という考え方もあろうし、そうして誕生した人もいるだろう。その人たちは恵まれている。しかし、事、自分に関して言うならば、僕はこの体に、何か酷(ひど)く不真面目な、軽薄なものが混じっているという嫌悪感を、どうしても拭いきれなかった。
 その男が、今も生きているのか、もう死んでいるのかはわからない。しかし、いずれにせよ、その顔は、恐らく僕とよく似ているのだった。きっと、僕の顔が母に似ていなかった、その分だけ。
 母は、僕の顔を見ながら、時折、彼を思い出しただろうか? どんな風に? その度に、寧(むし)ろ、記憶を塗り替えようとするかのように、藤原亮治を思い出していたのではなかったか? 僕が彼を、本当の父だと信じそうになっていたのは、そうした母の願望の反響なのかもしれない。
 その男の子供が、二十人以上いるのだという。女性もいると、藤原は言った。貧しい人もいれば、金持ちもいる。病気の人も健康な人も、きっと。――彼らは、自身の出生の事実を、母親から知らされているのだろうか?……
 僕が生まれる前も、生まれた時も、生きている今も、死んだあとも、この滝は、ただこんな風に、木々の緑を破って、昼夜の光と闇を潜(くぐ)り抜け、流れ落ちている。そのことが、しきりに何か、意味を問いかけて来るようだったが、僕はただ、時の流れの神秘的な顕現(けんげん)を目の当たりにしているような、呆然(ぼうぜん)とした心地に閉じ込められたままだった。
 自分の両親について知っているということが、一体、何になるのだろうと、蹌踉(よろ)めくような足取りで、それから僕は考えた。

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