【石川】輪島塗 アイヌ愛用だった 漆器の下地で産地など特定

2020年7月12日 05時00分 (7月13日 09時55分更新)
特注された輪島塗の椀の内側に描かれた鳳凰の漆絵=四柳嘉章所長提供

特注された輪島塗の椀の内側に描かれた鳳凰の漆絵=四柳嘉章所長提供

  • 特注された輪島塗の椀の内側に描かれた鳳凰の漆絵=四柳嘉章所長提供
  • 苫小牧市美術博物館が所蔵するアイヌ民族特注の輪島塗の台盃。上がり藤の蒔絵が椀と天目台の両方に刻まれている=四柳嘉章所長提供
 アイヌ民族が所持していたとされる江戸時代後期から昭和前期の漆器の産地や年代について、石川県輪島漆芸美術館名誉館長で漆器文化財科学研究所の四柳嘉章所長=同県穴水町=と上越教育大大学院の浅倉有子教授(近世史)が初めて特定した。この中で、アイヌ民族が「台盃(はい)」と呼び、祭礼や儀式に使われた輪島塗の特注品の存在も明らかになった。産地の輪島市でも現在は見られず、四柳所長は「地場産業の歴史を見直すもの」と意義を強調する。(森本尚平)
 確認されたのは、北海道の苫小牧市美術博物館が所蔵する明治から大正にかけての台盃。「上がり藤」の蒔絵(まきえ)が漆器の椀(わん)と、椀を載せる天目台の両方に緻密に仕立てられており、その精巧な加飾からこれまでは京漆器と考えられていた。四柳所長も「江戸後期から明治前期まで、『塗りは輪島、蒔絵は京都』の評価だった」と説明する。しかし、今回の下地分析で珪藻土(けいそうど)が確認され、輪島塗の職人が手掛けたものと初めて明らかになった。
 漆器の天目台は本来、室町時代以降に茶道の陶磁器として流行した「天目茶わん」を置く台として使われた。アイヌ民族は、これを椀と天目台ともに漆器で作るよう輪島塗の職人に発注したとみられる。
 椀の内側には鳳凰の漆絵が描かれており、今ではなかなかお目にかかれない物という。四柳所長は「輪島で現在、作られていないような加飾が凝らされている作品。今回の研究で、他にも今までにない輪島塗の加飾が多く見つかった。現代の技術に生かすヒントになりうる」と指摘する。
 アイヌ民族の漆器については従来の研究で、幕末から明治初期にアイヌ民族に供給された漆器の産地は仕入れ先の文書などの資料で分かっていたが、現存するアイヌ民族の漆器がどこの産地でいつ製作されたものかが判別できなかった。
 このためアイヌ民族の漆器の流通と所有について近代資料を研究する浅倉教授が、産地特定の協力を四柳所長に依頼し、二〇一六年から共同研究を始めた。北海道千歳市や苫小牧市、幕別町などの博物館が所蔵するアイヌ所持の可能性が高い漆器五千点以上を実地調査し、うち破損している千点を四柳所長が塗膜分析などで下地を分析。各産地の年代が判明している漆器を基準に、蒔絵や沈金、漆絵などの加飾と器形の特徴を比較して年代を判定した。

抑圧下でも独自文化


 アイヌ民族が所持していたとされる漆器はこれまで、産地や年代が特定されず「漆器」と一括(くく)りにされてきた。今回の研究で特定された産地は、輪島塗のほか、京漆器、会津塗、浄法寺塗など八カ所以上。年代も明治、大正期など近代のものが半数以上を占める。浅倉教授は「北海道旧土人保護法が施行され抑圧下にあった明治以降も、独自の文化や信仰を確固として維持してきたことが判明した」と指摘する。
 アイヌ民族に対しては、一八九九年に同法が制定され、和人への同化政策が進められてきた背景がある。浅倉教授は「同法によってアイヌ文化は壊滅的な状況に陥ったという理解があったが、今回の研究で覆った。アイヌ文化の評価が変わり、より具体像が明らかになる」と期待を込める。
 新型コロナウイルスの影響で遅れたが、十二日には北海道白老町に国立アイヌ民族博物館などアイヌ文化の振興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」が開業する。今後は、今回産地や年代が特定された漆器の企画展開催も検討される。
 四柳所長は「高い美意識を持って漆器を集め、大切に扱い家財として今日に伝えてきた。今回の成果はアイヌ文化の歴史解明に役立ち、斜陽産業といわれる漆文化の素晴らしさを再認識するいい機会」と話す。

【メモ】アイヌ民族と漆器=13、14世紀ごろから漆器を使い始めたと考えられている。ヒグマなどの魂を神々に帰す熊送り(イオマンテ)など祭礼儀式に不可欠な祭具として大事に扱い、権威や富の象徴でもあった。自ら製作はせず、北前船の交易などで入手。北海道には、アイヌ民族が所有していたとされる漆器が1万点以上現存する。
 漆器の下地=漆器産地で採取される地の粉が使われるため、産地の特色が反映される。石川県輪島市の輪島塗には珪藻土、京漆器には頁岩(けつがん)、粘板岩を含む「山科砥(と)の粉」、岩手県二戸市の浄法寺塗には柿渋が使われている。今回の研究では、漆器の破損部分から数ミリの塗膜片を採取。ポリエステルの樹脂に包んでその断面を研磨した上でプレパラートに接着し、さらに研磨を加えて偏光顕微鏡で観察する塗膜分析を使い、下地や塗装工程を調べた。

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