ブルーインパルス 1964年東京五輪開会式 空にマーク描く

2020年7月11日 05時00分 (7月20日 14時48分更新)
1964年の東京五輪開会式で、国立競技場の上空にブルーインパルスが描いた五輪マーク

1964年の東京五輪開会式で、国立競技場の上空にブルーインパルスが描いた五輪マーク

  • 1964年の東京五輪開会式で、国立競技場の上空にブルーインパルスが描いた五輪マーク

◆浜松の空で何度も練習

 航空自衛隊のブルーインパルスが、新型コロナウイルスへの対応を続ける医師や看護師ら医療従事者に感謝の意を示すアクロバット飛行を行ったニュースは、多くの人が知っていると思います。
 航空自衛隊によるアクロバット飛行は、1958(昭和33)年の浜松北基地(今の浜松基地、浜松市西区西山町)開庁記念式典で3機編隊が行ったのが始まりです。基地に集まった2万人の観客は、空を見上げて驚き、歓声を上げたそうです。
 60年3月に浜松北基地で行った公式展示飛行を経て、4月に「空中機動研究班」として浜松北基地に正式に誕生したのが、ブルーインパルスです。
 ブルーインパルスが浜松北基地に所属していた21年間に、545回公式展示飛行を行いました。
 その中でも、多くの人の記憶に残っているのが、64年に行われた東京オリンピックの開会式で、東京の空に描いた五輪のマークです。開会式が行われる前、浜松の空で何度も練習をしていたのが思い出されます。最初は直線だった飛行機雲が、日を追うごとに曲線になり、円になり…五輪の輪が完成した時は、子供ながらに鳥肌が立ちました。
 70年、大阪で行われた日本万国博覧会の開会式では、「EXPO'70」の文字を青空に描きました。万博では、ジャパンデーと閉会式でも展示飛行を行い、博覧会成功に花を添えました。東京オリンピック同様、浜松の空で練習をしていたのを覚えています。
 ブルーインパルスの2機が描いたハートの中を1機が矢のように貫く「キューピッド」や、5機で星の形を描く「スタークロス」などのアクロバット飛行は、今でも大変人気があります。
 ブルーインパルスの目的は、アクロバット飛行を披露することだけではありません。日々の訓練でさまざまな飛行の仕方に挑戦して操縦技術を研究し、そこで得た成果を航空自衛隊全体に広めています。
 ブルーインパルスは「創造への挑戦」を合言葉に、大空に夢と感動を描いているのです。

<もっと知りたい人へ>
見学場所 エアーパーク(航空自衛隊浜松広報館:浜松市西区西山町無番地)


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