<大波小波> 「師匠説」なる私小説

2020年6月25日 16時00分 (6月25日 16時00分更新) 会員限定
 その作家は若いころ新人賞の候補となった際、選考委員の一人、藤枝静男から強く推されて受賞した。そして授賞式で初めて本人と会った。あとで彼の作品を読んで深く畏怖し敬愛するようになった。しかし再びまみえる機会がないまま藤枝は亡くなった。
 その作家、笙野(しょうの)頼子の『会いに行って 静流(せいりゅう)藤娘紀行』(講談社)は、「師匠」と呼び「世界一の私小説家」と仰ぐ藤枝を、「私小説」ならぬ「師匠説」として自説を語りつくす異色の作家論小説である。藤枝の小説は私小説とはいえ、死後から自身を語る『欣求浄土(ごんぐじょうど)』や、庭の池底のグイ呑(の)みや茶碗(ちゃわん)たちがしゃべり出す『田紳有楽(でんしんゆうらく)』など、リアリズムの枠組みを自在に食い破っている。冷徹な鋼のような文章でそれが書かれる迫力は無類である。それを笙野は「本当のリアルとは何であるのかを、師匠は文によって叩(たた)き出した。リアルを追求せずにはいられない心で、リアルを超えてきた」と評する。さらに「『金毘羅(こんぴら)』、『二百回忌』、だいにっほんシリーズ、全て彼の影響をうけているのかもしれない」と述懐する。一方で昨年の台...

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