<学校の部活動>後編 時代に合ったあり方は

2020年6月14日 05時00分 (6月14日 05時00分更新)
 今月のテーマは「学校の部活動」。前編では、体力や技術、友情を育む効果が期待される一方で、練習のやりすぎや顧問の負担などの課題を取り上げました。部活動はこれからの時代、どうあるべきなのでしょうか。専門家の話を参考に、考えてみましょう。

真の自主性育てよう 早稲田大スポーツ科学部准教授・中澤篤史さん

 日本の部活は明治時代に大学で生まれました。外国人教師が陸上や水泳などのスポーツを持ち込み、学生が取り組むようになり、高校、中学へと広がりました。
 今に続く部活の本格的な始まりは戦後です。命令通り動くように仕立てる軍国主義的な教育の反省から、自分で考えて行動する「自主性」を育むことが戦後の民主主義教育の使命に。教育課程に沿って学ぶだけではなく、自ら取り組む部活に「自主性」の価値が見いだされました。
 一九六四年の東京五輪前は選手強化の場となり、「多くの生徒は応援や見物だけでスポーツができない」と教員らが問題視。反動で「平等にチャンスを」という機運が高まり、部活が拡大しました。校内暴力が問題化した八〇年代は生徒を管理する手段に。体力を発散させ、非行を防止しようと部活を強制しました。
 時代ごとの役割を担わされて肥大化した結果、事故や体罰、教員の過重労働などが続発。もはや学校だけで支えきれなくなったのが現状です。
 部活は自己決定を訓練する場として意義があります。目標を定めて活動内容を考えて実行し、成功や失敗の原因を振り返る。同じ志の仲間を募ることも必要。押しつけの「自主性」ではなく、生徒の手に取り戻すことが大切です。

喜び、悩み共有の場に 京都精華大マンガ学部教授・吉村和真さん

 中高生が活躍する野球漫画は終戦直後からありますが、部活の要素が濃くなるのは一九七〇年代に連載が始まった「ドカベン」と「キャプテン」です。ドカベンはチームメートを脇役にとどまらない個性で描き、キャプテンは仲間をまとめようと奮闘する主人公が読者を引きつけました。
 今に続く部活漫画の大枠を作ったのが八五年開始の「柔道部物語」。登場人物の成長だけでなく、しごきを含めた部活そのものが描かれます。柔道部物語を境に、実態を反映した作品が増えました。
 二〇〇〇年代以降は文化系やマイナーな部活が舞台に定着。女子の主人公も目立ちます。「とめはねっ!鈴里高校書道部」や「ちはやふる」などです。多様な価値観を大切にする流れも背景にあるのでしょうが、一方で厳しすぎる上下関係や容赦ない体罰を描いて話題の作品も。部活漫画は振れ幅が大きいです。
 入部の動機や目的にかかわらず、どの部活も達成感や仲間と切磋琢磨(せっさたくま)する楽しさ、人間関係の悩みなどを体験します。恋愛にときめくこともあるでしょう。なじみの薄いマイナー競技を扱ってもヒットするのは、そうした共通体験があるから。多くの中高生が加入する以上、部活は共感を呼ぶ舞台として描き続けられるはずです。

記者はこう考えた

 強制入部だった中学時代、漫画「スラムダンク」で興味を持ってバスケットボール部に入った。誰が決めたのか、朝も土日も練習。1年生大会は3位だったが、続けることが目的化した部員と熱心な部員に分かれたチームの一体感は消え、最後の大会は初戦負け。息苦しかった。
 「部活の楽しさを味わえずに大人になるのは残念なこと」。最近、取材した中学校教諭の言葉に違和感を抱いた。私は残念な人生を歩んでいるのだろうか。押しつけが達成感を遠ざけている側面を見つめてほしい。 (諏訪慧)

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