平泉寺と一乗谷最短で

2020年1月18日 05時00分 (6月12日 18時03分更新)

古道・安波賀(あばか)街道を行く


福井・勝山


 「安波賀(あばか)街道」という道をご存じでしょうか。芦見(あしみ)道、東郷道などとも呼ばれた古道で、日本遺産に認定された平泉寺(勝山市)と一乗谷(福井市)を結ぶ最短ルートのひとつです。
 現在は県道篠尾(しのお)勝山線となっていますが、福井市皿谷町から勝山市鹿谷町北西俣(きたにしまた)までの区間は車で通ることはできません。往来もなく忘れ去られようとしています。日本遺産認定をきっかけに、この古道に光をあてるため現地を歩き、その歴史を調査しました。
 スタートは福井市安波賀町。足羽川に面する一乗谷の入り口で、近年は川湊と考えられる遺構が発掘されました。右岸を川沿いにさかのぼると鳴滝(なるたき)(高田町)。その名の通りの見事な滝と、一六七七(延宝五)年建立と伝わる鳴滝不動の祠(ほこら)があります。
 高田、福島、大久保の各集落を経て獺ケ口(うそがくち)から芦見谷に入り、下吉山、上吉山、籠谷、大谷、西中、所谷を過ぎて皿谷からは峠道。美山町史によると、これらの集落には泉蔵坊、寺領坊などの平泉寺の末寺があったようで、現在も白山神社が多くまつられています。平泉寺との歴史的な強いつながりがあった地域といえるでしょう。
 峠道を進んでいくと、小さな石碑があり「右 西俣道」「大正十三年十一月」の文字が彫られています。沢沿いの山道を登り、笏谷(しゃくだに)石の石仏が安置される頂上に至ると、はるか東に白山を望むことができました。峠をくだり、勝山市側の北西俣にも「左 芦見道」「大正十三年十一月」の石碑があります。かつての往来を示す名残といえるでしょう。
 西光寺(さいこうじ)まで進むと左手の山上には戦国時代の武将・朝倉景鏡(かげあきら)(義景のいとこ、大野郡を支配)の城といわれる西光寺城があります。朝倉氏にとって九頭竜川は加賀一向一揆との合戦における防衛ラインとなっていました。西光寺城は、安波賀街道への入り口を押さえる役目を果たしていたのです。
 一乗谷から平泉寺と恐竜博物館を含む勝山市を直接つなぐルートの整備は、歴史や文化財を観光資源として位置付ける時代には戦略的で効率の良い投資といえます。今年開かれる東京オリンピックの膨大な経費に比べれば、平泉寺と一乗谷を結ぶ古道の復活に必要な費用はわずかなもの、と感じるのは私だけでしょうか。(勝山市教委学芸員・阿部来)

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