沖縄憂い 映画で反戦 先月死去の野村岳也監督 七尾出身 ゆかりの人々が悼む

2020年6月10日 05時00分 (6月10日 10時08分更新)
沖縄に関する映像作品を残した石川県七尾市出身の映画監督、野村岳也さん=東京都で(海燕社提供)

沖縄に関する映像作品を残した石川県七尾市出身の映画監督、野村岳也さん=東京都で(海燕社提供)

  • 沖縄に関する映像作品を残した石川県七尾市出身の映画監督、野村岳也さん=東京都で(海燕社提供)
  • 野村岳也さんの先祖が眠る墓前で、思い出を振り返る僧侶の松本好全さん=石川県七尾市西三階町で

 沖縄を題材にした記録映画を数多く手掛け、五月末に急性心筋梗塞で死去した石川県七尾市出身の映画監督、野村岳也(がくや)さん(87)。沖縄戦に動員された女子学徒隊の生存者の証言を集めたドキュメンタリー作品「ふじ学徒隊」などを残し、反戦を訴えた。辺野古の基地建設など米軍基地問題などで揺れ続ける沖縄の将来を最期まで案じつつ、晩年には故郷の能登を撮る意欲も見せたといい、関係者は在りし日をしのぶ。(中川紘希)

父戦死の地「まだ戦後終わってない」


 野村さんは幼少期を七尾市西三階町で過ごした後、高校卒業まで金沢市に住んだ。沖縄に関心を抱いたのは、軍医だった父が戦死した地だったため。訪問を繰り返して作品づくりを進め、四十代になって移住。沖縄戦関連の映像だけでなく、十二年に一度行われ、現在は途絶えてしまった久高島(くだかじま)の神事「イザイホー」など地元の祭祀(さいし)を記録した作品も撮った。
 「平和への思いを押しつけではなく、自然に感じさせるような映画を作った」。野村さんが設立した映像制作会社「海燕社」(沖縄県豊見城(とみぐすく)市)で一緒に働いた城間あさみ代表(55)は語る。「ふじ学徒隊」でも、野戦病院壕(ごう)での過酷な看護活動や米軍への恐怖などを生存者に語らせる一方、「食事の配達でみそ汁をこぼしたことがある」など戦時下のなにげない思い出も盛り込んだ。
 さらに「見えない部分に手を抜かない」ことも徹底したという。米軍のガス弾を表現するため、撮影では実際の壕で煙をたいたり、当時と同じ戦況報告のモールス信号を打ったりした。
 自身が高齢となり、二〇一八年には妻がいる東京に拠点を移したが、上映会などがあれば会場へ足を運びあいさつした。城間さんは「名護市辺野古の新基地建設にも反対だった。沖縄のことを常に心配し『まだ戦後が終わっていない』と憂いていた」と明かす。
 石川県内では一三、一六年に金沢市や七尾市で上映会を開いた。「沖縄と同様に能登にも独創的な祭礼文化がある」として、一九年にはウミウを七尾市から羽咋市まで運ぶ神秘的な祭事「鵜様道中」を撮影しようと取材に乗り出した。だが、住民との交渉がまとまらず作品化はかなわなかったという。
 野村さんの故郷・西三階町にある徳雲寺の僧侶で親交もあった松本好全(こうぜん)さん(71)は「突然亡くなられて残念」と悼む。寺院でも何度か上映会を開き、野村さんに出席してもらったといい「反骨精神がありすごい人だった」と振り返った。

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