<大波小波> 柳の抵抗

2020年6月5日 16時00分 (6月5日 16時00分更新) 会員限定
 山の手の上流知識人の家に生まれた永井荷風。家への反発もあり下町や場末を徘徊(はいかい)し、芸妓(げいぎ)や娼婦(しょうふ)との交わりを続けた。花柳小説の評もあったが今なお根強い人気はなぜか。一月に出た多田蔵人編『荷風追想』(岩波文庫)は、谷崎潤一郎や太宰治など五十九人が描いたミニ作家論の趣だ。同書からは自由や孤独を友とする散人の生活スタイルが蘇(よみがえ)る。若いころの洋行体験から徹底した個人主義、独立自尊を貫く姿が立ち現れる。
 また三月に出た百足(ももたり)光生『荷風と戦争』(国書刊行会)は、日記『断腸亭日乗』の昭和十五年から敗戦までを読み解き、統制下での抵抗を浮き彫りにした力作。「現代日本の如(ごと)き低劣滑稽なる政治の行はれしことはいまだかつて一たびもその例なかりしなり」。散人の言葉は現代に生き、コロナ禍でも二重写しとなる。
 群れをなす社会の中で、迎合せずに飄然(ひょうぜん)と時代を歩み、日々山の手と下町とを往還し、庶民にインテリぶらずに接した荷風。知識人のあり方を示した。庶民の生活臭や肌感覚をそのまま冷徹に書いたのだ。
 二〇二〇年、東京の下町で民草はいかなる労苦を抱き、糊口(...

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