彦助堤 千年崩れない堤へ 村の庄屋が人柱

2020年6月4日 05時00分 (7月20日 14時41分更新)
石碑も建立されている彦助堤=浜松市浜北区新原で

石碑も建立されている彦助堤=浜松市浜北区新原で

  • 石碑も建立されている彦助堤=浜松市浜北区新原で

◆「堤防の一部」残る

 江戸時代の初め、今から350年ほど前のことです。今の浜松市浜北区新原に、松野彦助という庄屋がいました。
 近くを流れる天竜川は、毎年のように堤防を破り、村は洪水に苦しめられました。ひどい時は川沿いの村だけでなく、浜松の城下町や浜名湖沿いの村まで水浸しになることもありました。
 暑い夏を乗り切った稲は、もうすぐ刈り取る時期です。楽しみなはずが、村人は気が気でありません。
 「あと少し天気が持ってくれれば。堤が切れれば、全てが水の泡だ」
 収穫を目前に大雨に襲われ、堤防を破った濁流に稲はおろか家までのみ込まれたことは何度もありました。破れた所を直すだけでは、同じことの繰り返しです。
 「村人の気持ちはふさぐばかり。このままでは村がつぶれてしまう」
 彦助は、丈夫な堤防を造りたいとお殿様に何度もお願いしました。ついに、彦助の熱意に打たれ、殿様から費用が出ました。ところが、どうしたことでしょう。何度堤防を造っても、大雨のたびに崩れてしまいました。
 「これでは、どんなに頑張っても意味がない」
 「米作りをあきらめるしかないのか」
 総出で堤防造りに取り組んでいた村人からこんな声が聞こえるようになりました。彦助は、その都度、村人を励まし、いつも先頭に立って働きました。
 ある日、彦助は村人を集めました。
 「みんな、今日までよくやってくれた。残念だが今までと同じことをしては、きっと切れてしまう。来年からは米作りに集中できるよう、最後の堤造りをしてくれないか」
 村人は、彦助の話に聞き入りました。
 「村をなくすわけにはいかん。川がどんなに荒れ狂おうと、堤は私が人柱になって守る。生き埋めになって守れば千年は切れない」
 彦助は、村人が止めるのを振り払い、大きな石を抱いて川に飛び込みました。 村人は、彦助の思いに応えようと、一生懸命堤防を造りました。彦助と村人の魂のこもった堤防は、その後何度も洪水を防ぎました。
 今でも、この時に造ったといわれる堤防の一部が、「彦助堤」として残っています。

<もっと知りたい人へ>
見学場所 彦助堤 浜松市浜北区新原 浜北ゴルフガーデン北側


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