中日史上“最強のドラフト最下位指名”…9位入団で通算1514安打 現明徳義塾コーチが咲かせた大輪の花

2020年6月1日 11時33分

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現役時代、2打席連続本塁打を放つ島谷=1973年6月9日、中日球場で

現役時代、2打席連続本塁打を放つ島谷=1973年6月9日、中日球場で

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渋谷真コラム・龍の背に乗って[強竜列伝・島谷金二]


 島谷金二(1945~)は、ほのかに黒潮が香る高知県いの町で暮らしている。健康だが、声は沈んでいた。
 「かわいそうでなあ。春が無くなって、夏はがんばろう。みんなでそう言ってたから…。明徳に来る子は、みんな甲子園に出たいからあの山奥に来る。朝の4時に起きてやる子もおるんよ。負けの悔しさなら勉強になるけど、中止ではなあ…」
 数年前から明徳義塾のコーチを務めている。幻の出場となったセンバツ以降、新型コロナの影響で指導は控えていたが、孫のような教え子がふびんでならない。
 島谷は「ドラゴンズ史上最強のドラフト最下位指名」だ。通算1514安打、229本塁打、781打点の強打に加え、ダイヤモンドグラブ賞4度と堅守の三塁手。しかし四国電力から65年のサンケイ9位を皮切りに、66年(1次)は東映2位、67年が東京3位とドラフト指名されては、入団を断り続けた。68年の中日は1位が星野仙一、3位が大島康徳という球団史に残る当たり年で、最後の9位が島谷。ダメ元の指名だったかもしれないが、4度目は飲んだ。なぜ3度は拒んだのか。島谷の説明は簡潔だ。
 「自信がなかったんよ。ノンプロの球は外角ばかり。それをライトに放り込むことだけ考えとった。だからプロの内角球を打てるわけがないと思っとった。ところがだんだんとノンプロも面白くなくなってきて、プロのコーチが自分を教えたらどうなるか。試してみちゃろうとね」
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