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家康愛した「浜納豆」 クセになる 万能調味料

2020年6月1日 05時00分 (7月15日 17時52分更新)
大福寺で製造された浜納豆

大福寺で製造された浜納豆

  • 大福寺で製造された浜納豆
  • 代々使われる道具などが置かれる蔵を紹介する堀口弘憲さん=浜松市北区の大福寺で
  • 大城 愛記者(報道部)

◆給食きっかけ魅力再発見

 納豆は納豆でも糸を引かない、徳川家康も愛した浜松市の伝統食品「浜納豆」。くせのある風味で好みは分かれるが、調味料としての魅力が再評価され、和洋中のレシピの登場もあってじわりと人気が広がっている。新型コロナウイルスの感染予防で自炊する人が増える中、歴史ある浜松の味を食卓に並べ、堪能してみてはいかがだろうか。
 形は大豆そのままで、黒茶色。一粒頬張ると塩っ辛い味が広がり、案外さっぱりとしていて後を引く。
 中国から日本の寺院に伝えられ、浜松市では北区三ケ日町の「大福寺(だいふくじ)」が四百年ほど前に製造を始めたのが元祖とされる。酒に合う珍味として、寺は毎年正月、将軍家など時の権力者に献上していた。今川義元や豊臣秀吉の頃は「唐(から)納豆」の名だったが、徳川時代に納期が遅れ、家康が「浜名の納豆はまだか」とせかしたことから「浜名納豆」と呼ばれるようになり、「浜納豆」に変化したと伝えられる。
 寺の副住職の堀口弘憲さん(43)は「今も変わらぬ製法で、年間約一トンの大豆を発酵させている」と話した。名前に「納豆」とあるが実際はみそに近い。ゆでた大豆にこうじ菌を加えてたるに移し、重りを載せて三カ月ほど塩水に漬けて熟成させる。客殿の縁側で自然乾燥させ、最後にさんしょうの皮を混ぜて完成だ。
 堀口さんは「昔は肉食を禁じられた修行僧の貴重なタンパク源。今では参拝者に人気でリピーターもいる。この製法を絶やさず守り続けたい」と、代々大豆を醸してきた室を見回した。
 寺は民間にも製法を伝授した。「ヤマヤ醤油(しょうゆ)」(浜松市中区助信町)もその一つ。細かな製法は寺と異なるが、こちらも長年地域で親しまれている。
 「通常は酒のつまみやご飯のお供として食べるが、調味料としても万能なんです」と太鼓判を押すのは、社員の金原香江(かえ)さん(40)。「アミノ酸が豊富で料理のコクを引き出す」と続けた。ここ数年、静岡市を中心に、調味料の一つとして採用するレストランも増えてきている。
 和食はもちろん、中華やイタリアンなど活用できるジャンルは多彩。刻んだ浜納豆をカレーやマーボー豆腐、パスタのソースに混ぜるだけで「より風味が良くなる」。同社は「ヤマヤ醤油のキッチン」の名前で、二〇一四年からレシピ投稿サイト「クックパッド」で五十種類のアレンジ料理を紹介しており、累計アクセス数は十一万を誇る。
 浜納豆の新たな楽しみ方を発信してきたが、実は、最初にアレンジを考えたのは「給食を作る女性たち」だった。約二十年前、浜納豆を苦手とする子どもが多く、学校では「隠し味」として料理に混ぜて提供していると知り、社内でのレシピ開発が始まったという。
 金原さんは「お年寄りに好まれるイメージの強い浜納豆だが、子どもたちや若い世代にも愛される存在になれば」と話した。
(大城愛)

大城 愛記者(報道部)

 沖縄県出身の27歳。大学は農学部で、細胞や菌を扱っていた。「納豆菌は生命力が強く実験時にコンタミネーション(汚染)する可能性があるかも」と教授に言われ、食べるのを控えていた。納豆菌の話をしたが、そもそも浜納豆はこうじ菌を使うので全然関係ない話をしてしまったな、とここまで書いて気付いた。

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