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ちゃんこの中身が変わった!稽古も1日2回に変わった!体が大きくなり番付は上がった!3年で部屋が活気づいた新出羽海親方の大改革【北の富士コラム】

2020年5月29日 22時33分

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現役時代の北の富士さん(本人提供)

現役時代の北の富士さん(本人提供)

 今日もいい天気です。というより暑いくらいですね。東京は新しい感染者が20人以上も出ました。心配です。私のような老人にとっては生きた心地がしません。というのはうそです。私は元気いっぱい。部屋中トレーニング器具だらけです。コロナなんかに負けてたまるかです。ご心配無用。
 それでは昨日の続きをします。稽古は早朝5時ごろから始まります。12時前に終わり、風呂に入り、ちゃんこ、つまり昼食を済ませると大概の関取衆は午後4時まで昼寝をします。飯を食って寝る。これで体を大きくするのです。一般の人なら「食っちゃ寝」をしたら怒られるところですが、力士にとっては大切なんです。むしろ義務付けられていると言っていいでしょう。
 ところがわれわれ若い者はそうはいきません。部屋全体で100人もの人間が食事をするのですから大変です。それに自分らの順番が来ても鍋は空っぽで汁ばかり。その汁をご飯にぶっかけて食べるのですが、それでは太るわけがありません。そこに目を付けたのが新出羽海親方(元幕内出羽ノ花)でした。まず、ちゃんこの内容が一気に変わりました。それまでは魚ちゃんこが多かったのですが、ふんだんに肉が食えるようになったのです。
 鳥でも豚でも牛でも不自由することがありません。若い力士たちの稽古に力が入るようになってきたのは言うまでもありません。そこで、ころはよしとばかりに夕方からの稽古が始まりました。千代の山関が引退し、ベテラン関取も次々と引退し、名門・出羽海部屋も名ばかりの状態でした。有望な若手といえば十両の佐田の山関ぐらいなもので、後に続く者は皆無といってよかったと思います。
 私はまだ三段目あたりでウロウロして、将来性は全くなし。兄弟子から「早くやめて田舎へ帰った方がいいぞ」と言われ続けていたくらいです。その私と同じようなのが10人近くいたでしょうか。みんな私と同じでとても強くなれるヤツはいませんでした。ところがそんなヤツに目を付けたのが新親方でした。
 全員小さくてまだ弱いが十代と若く、体が大きくなれば何とかなると考えたのだと思います。それから一日二度の稽古が始まったのです。最初は渋々だったのですが、稽古を終えると、上等なすき焼きや刺し身に冷えたビールが飲み食い放題(今ならいけません、未成年に飲ませては)。時々、小遣いもくれるのです。
 これで頑張らないやつはバカです。少しずつ体も大きくなり、番付も上がってきて、私は1963(昭和38)年春場所に十両昇進したのです。続いて関脇まで上がった福の花、幕内の松前山、伊達錦、代官山と10名近くが次々に十両に昇進したのです。わずか3年で部屋は一気に活気づいて、いつしか斜陽・出羽海の汚名も消え去ったのです。それでは7日目はこれにて終了。まだまだ話は続きます。(元横綱)

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