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旧陸軍登戸研究所の実態に迫る 駒ヶ根で関係者の証言集め企画展

2022年8月7日 05時05分 (8月8日 15時13分更新)
 太平洋戦争末期、川崎市から伊那谷に疎開した旧陸軍登戸研究所の実態に迫る企画展「登戸研究所の伊那谷疎開と本土決戦」が、駒ケ根市立博物館で開かれている。疎開によって本土決戦の準備がどう進められていたか、資料や証言から考察する。二十一日まで。(石川才子)
 

登戸研究所の伊那谷疎開と本土決戦準備に焦点を当てた企画展=駒ケ根市立博物館で

伊那谷疎開は、大本営の松代(長野市)移転構想と関連があったという。企画展では「伊那谷の複雑な山間地形は空襲を避け、大部隊の行動を阻害する好条件にあった」として、群馬県に疎開した陸軍中野学校と松代大本営を防衛しようとしていた―と推測する。
 関係者の証言を並べ、伊那谷が戦場になることを想定し、缶詰爆弾製造や在郷男子の組織化計画がなされていたと解説。ゲリラ戦指南書とされ、登戸研究所の印がある「国民抗戦必携」のコピーや訓練で使った道具を展示し、長野が主戦場になっていた可能性を指摘する。
 市立博物館と登戸研究所調査研究会が主催。十四日午後二時から、終戦記念日に合わせた展示説明会もある。研究会の関係者は「歴史の教訓を次世代につなげ、資料を地域の財産とするために活動している。戦争と平和について考える機会になれば」と話している。

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