本文へ移動

逃げる時、多くの遺体見た 豊川高生が豊川工廠空襲体験聞き取り

2022年8月6日 05時05分 (8月6日 11時44分更新)
小田さん(中)から空襲の体験談を聞いた神崎さん(右)と大竹さん=蒲郡市三谷町で

小田さん(中)から空襲の体験談を聞いた神崎さん(右)と大竹さん=蒲郡市三谷町で

  • 小田さん(中)から空襲の体験談を聞いた神崎さん(右)と大竹さん=蒲郡市三谷町で
  • 空襲を受けた後の豊川海軍工廠。焼け野原が広がる=豊川市桜ケ丘ミュージアム提供
 二千五百人以上が犠牲となった豊川海軍工廠(こうしょう)への空襲から七日で七十七年となるのを前に、豊川市の豊川高校の生徒二人が三日、豊橋市立女子商業学校(現豊橋商業高校)の三年生の頃に、学徒動員で工廠にいた小田せつさん(92)=蒲郡市三谷町=から空襲当日の体験談を聞いた。同じ十代の若者たちの命が一瞬にして奪われた実態を知り、平和への思いを新たにした。...

中日新聞読者の方は、無料の会員登録で、この記事の続きが読めます。

※中日新聞読者には、中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井の定期読者が含まれます。

関連キーワード

おすすめ情報

愛知の新着

記事一覧