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松原、実った負けん気 浜松出身・磐田に移籍後初出場

2022年7月31日 05時05分 (7月31日 05時06分更新)
磐田−湘南 後半から途中出場しドリブルで攻め上がる磐田・松原選手(中央手前)=30日、ヤマハスタジアムで

磐田−湘南 後半から途中出場しドリブルで攻め上がる磐田・松原選手(中央手前)=30日、ヤマハスタジアムで

 ベルギー一部リーグのシントトロイデンからJ1ジュビロ磐田に完全移籍した松原后選手(25)=浜松市出身=が三十日、磐田市のヤマハスタジアムであった湘南ベルマーレ戦で、移籍後初めて交代出場し、六試合ぶりの勝利に貢献した。(川住貴)
 待望の出場は後半三十分。サポーターの大きな拍手に「胸の高ぶりを感じた」という。ポジションは左アウトサイド。同三十二分に磐田が1点をリードし、松原選手は守りに追われる場面が多かったが、しっかりと仕事をこなした。そしてタイムアップ。松原選手は「本当に良かった」と歓喜の渦の中で、喜びを感じた。
 公式戦から数カ月、遠ざかっていた松原選手だったが、練習での猛アピールが実った。メディア公開された二十七日の練習では左サイドから精度の高いクロスボールを送り続けた。また、ゴール前にスピードあふれるドリブルで駆け上がるなど、元FWらしい動きがあった。
 松原選手のはつらつとした動きに当初、「コンディションが整うまで」と見ていた伊藤彰監督もベンチ入りに動いた。「相手GKから逃げる左足特有のクロスボールは、うちの攻撃の鍵を握る」と話した。
 磐田ジュニアユース(中学)、浜松開誠館高を経て二〇一五年、清水エスパルスに入団。五年間の実績を積み、二〇年にシントトロイデンへ移籍した。しかし、海外の壁は厚かった。在籍二年半で出場は十五試合にとどまった。それでも、松原選手は「体格で勝る外国人選手に対し、ポジショニングや技術で対抗できる」と、毎日の練習で工夫を凝らし、実力を蓄えた。
 松原選手の父真也さん(50)=元清水エスパルスFW=も聖隷学園高(現聖隷クリストファー高)を中退し、アルゼンチンで二年間の武者修行の末、現地でプロ選手となった。真也さんは「言葉も環境も違う海外で、結果が出ない苦しさは僕も体感している。后は人一倍、負けず嫌い。Jリーグで再び、輝きを放ってくれると思う」と激励した。
 磐田移籍後、メディアの前で言い続けたのが「絶対に磐田のJ1残留に貢献したい」。紆余(うよ)曲折を経て、たどりついた地元クラブへの移籍。J1残留への熱い思いが、残り十一試合への活力となる。

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