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「勝登と共に」戦い抜く 球友急死、この夏に懸ける愛工大名電ナイン

2022年7月26日 05時05分 (7月26日 08時43分更新)
春季高校野球東海大会で、打席に立つ瀬戸選手=5月

春季高校野球東海大会で、打席に立つ瀬戸選手=5月

  • 春季高校野球東海大会で、打席に立つ瀬戸選手=5月
  • 愛工大名電ベンチに掲げられた瀬戸勝登選手のユニホーム。仲間たちの決意が寄せ書きされている=24日、愛知県小牧市民球場で
 第百四回全国高校野球選手権愛知大会で二十四日に八強入りを決めた愛工大名電ナインが、この夏に懸ける思いは特別だ。大会直前、苦楽を共にしてきた瀬戸勝登(しょうと)選手(17)=三年=が急死。「誰よりも野球が好きだった」という仲間のため、一日でも長い夏にしようと誓う。二十六日、準々決勝が予定されている。
 「勝登と共に」。選手らが試合でかぶる帽子のつばの裏に書いた言葉だ。打席に立つ前など緊張が高まる場面で、この言葉をかみしめ、心を落ち着かせる。
 二十四日の豊田西戦では、エース有馬伽久投手(三年)が一回から走者を背負ったが、二者連続三振で切り抜けた。「帽子のつばを見てあいつのことを考えると強気になれる。一緒に戦っている気持ちでいる」。徐々に調子を取り戻し、コールド勝ちにつなげた。
 瀬戸選手が亡くなったのは六月。寮から一時帰宅していた際に、自宅で倒れた。心不全だった。
 チームのムードメーカーで、足の速い左打ちの外野手。五月に愛知県であった春季東海大会では背番号20で出場。チームは初戦敗退となったが、劣勢の流れを変えようと代打で打席に立った。夏の大会でもベンチ入りする見込みだった。
 瀬戸選手と「甲子園で優勝して夏休みに遊びに行こう」と約束していた藤山航平捕手(三年)は「亡くなったと聞いたときはショックで涙も出なかった。一つでも多く勝ち、勝登と一緒に野球がしたい」。夏の大会を共に戦い抜こうと、選手らは瀬戸選手が写った手のひら大の写真を身に着け、ベンチには仲間が思いを寄せ書きした同選手のユニホームを掲げている。
 二十四日は、試合のあった愛知県小牧市民球場に、瀬戸選手の家族の姿があった。父洋介さん(47)はプレーする選手たちを見守り「息子を見ているような気持ちになって、一番の励ましになった」と語った。
 「勝登」の名前は、野球好きの一家が「何事にも強く勝ち登ってほしい」との願いを込めたという。「勝登は野球だけでなく、仲間といられるのが楽しかったんだと思う。選手たちには『悲しい』で終わらせず、力にしてほしい」と話す。
 (山本拓海)

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