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タレント 青木さやかさん

2022年7月25日 07時53分 (7月25日 09時32分更新)

(ワタナベエンターテインメント提供)


 両親は小中学校の教師でした。子どもの頃は「青木先生の娘さん」と声を掛けられることが多かったです。母は「きれいな人」とも言われて私の自慢でしたが、私は母に褒められませんでした。九十点のテストを見せると「何であと十点取れないの?」。ピアノ発表会の曲が「エリーゼのために」に決まると「去年、同級生が弾いていたでしょ」と言われるだけでした。
 その両親が離婚したのは高校生の時。私と三つ下の弟は母と暮らしました。でも私は「母は何よりも世間体を気にしていたのに離婚なんて恥ずかしいことをして、今まで言ってきたことと違う」と嫌悪感が湧いて。友達の家に転がり込んだり夜中に帰ったり、母と接しないようにしました。
 二十六歳で上京し、一旗揚げたいと思う半面、離れて暮らしたら、出産したら、母に感謝できるかもという気持ちもありました。芸能界の仕事が増えてからは、母にお金やプレゼントを送り、親孝行だと思っていました。でも、二〇一〇年に娘が生まれ、会いに来た母が抱いた時、私の大事なものに触らないでと思ったんです。本当に嫌なんだと思ってしまいました。
 そんな母が三年前、末期がんで愛知県のホスピスに入院しました。当時、私は...

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