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【写真番号2022070401】
小松空港(1981年)

2022年7月4日 05時05分 (7月4日 10時01分更新)
【写真番号2022070401】小松空港に完成した国内線新旅客ターミナルビル(左)とジャンボ機=1981年9月、本社ヘリ「まなづる」から

【写真番号2022070401】小松空港に完成した国内線新旅客ターミナルビル(左)とジャンボ機=1981年9月、本社ヘリ「まなづる」から

大量輸送に膨らむ夢

 小松空港の年間利用者が百万人を突破したのが一九八一年。日本経済が右肩上がりに成長していく時代だった。国内線用の新旅客ターミナルビルは、この年九月に開業。近代的ビルに生まれ変わり、規模は旧ビルの四倍となって売店なども充実した。
 「小松−東京便は当時、ドル箱路線と呼ばれて良い時代だった。飛行場があるのは先見の明だと思えた」。六一年の開港と同時に、ビルを管理する「北陸エアターミナルビル」に入社し、女性として初の取締役を務めた亀田幸子さん(81)=能美市寺井町=は懐かしむ。
 飛行機は高度成長の恩恵を北陸に運んできた。六三年には小松市で「産業と防衛」を冠した大博覧会が開かれ、以降、空港利用者数は毎年最高を更新した。東京便がジェット化するなど機体は大型化し、八〇年には五百人乗りのスーパージャンボが就航。大量輸送時代に夢が膨らんだ。八三年、植樹祭で訪れた昭和天皇をビルの貴賓室で接遇したことは、亀田さんにとって忘れられない思い出だ。
 国際線が長く運休するなど影を落としたコロナ禍。それでも二〇二四年の北陸新幹線延伸を控え、地元は空の便との相乗効果を期待する。「また北陸が潤えば」。時代の移り変わりを見てきた亀田さんはそう願う。(坂麻有)
  • 空から-あの頃ふるさとは

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