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白球の夢 ここからまた 不登校経験の高校生 日曜野球へ

2022年7月4日 05時05分 (7月4日 10時09分更新)
ノックを受ける寺井惺さん(左)と塩崎高士さん=金沢市湊で

ノックを受ける寺井惺さん(左)と塩崎高士さん=金沢市湊で

プレーの喜びかみしめ「いつかはエースに」

 おじさんたちが中心の軟式野球チームでプレーする“高校球児”がいる。金沢市の寺井惺(さとる)さん(16)。春から「金沢日曜野球連盟」の金沢スターズに所属し、選手として活躍している。中学時代に不登校を経験して競技から離れた寺井さんは、部活ではないが大好きだった野球をする場を見つけて喜びを感じている。 (郷司駿成)
 「お願いします」。六月下旬、同市湊の湊簡易グラウンドには、自分より二回りほど年上の選手と一緒にノックを受ける寺井さんの姿があった。「やっぱりみんなで声を出して投げたり、打ったりするのは楽しい」。県内の高校に通う一年生で、高校では別室で自習する日々を送る。
 中学二年から不登校になったが、もともとは根っからの野球少年だった。兄の影響で小学校三年から野球を始め、学童野球チームでは主将を務めた。
 中学でも野球部に入部。ただ、自律神経の不調で朝起きられなくなるなどの症状が出る病気「起立性調節障害」にかかり、周囲から理解が得られず学校に行かなくなると、自然と野球とも疎遠になった。環境を変えるために転校し、フリースクールにも通った。
 家に引きこもりがちだった中学校三年の夏、親からバッティングセンターに誘われた。バットを握ると、忘れていた感情を取り戻した。「それまで何も興味がなかったのに、プロ野球をまた見るようになった」
 さらに二月、フリースクールの先生から、金沢スターズの主将で、運動の楽しさを伝えている一般社団法人「県スポーツデザイン研究所」の塩崎高士(こうじ)さん(40)を紹介された。「また野球がやりたい」。すぐに練習に参加した。
 チームの方針もあり、試合では、さまざまなポジションで出場する。「小学生の時は勝ちを求められてすごい重圧だったが、今は気楽」と話す。塩崎さんは「明るくなった。甲子園を目指すことはすごいが、それだけが高校野球じゃない。本人が楽しんでいる姿を見るだけで十分」と語る。
 寺井さんには一つの目標がある。小学生時代は投手として出場することもあったが、主に中堅手だった。「今は無理でも、いつかはエースになってみたい」。自ら見つけた居場所で高みを目指していく。

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