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父のイエロー復活楽しみ 地下鉄「黄電」色選定した杉本健吉さんの娘ら回想

2022年6月28日 05時05分 (6月29日 08時44分更新)
黄電と杉本画伯との思い出を語る(左から)都さん、清子さん、菊枝さん=名古屋市瑞穂区で

黄電と杉本画伯との思い出を語る(左から)都さん、清子さん、菊枝さん=名古屋市瑞穂区で

 かつて、地下鉄名城線と東山線を走っていた黄色(ウィンザーイエロー)の電車、通称「黄電(きいでん)」。この夏、名古屋市交通局開業百周年を記念して、黄電がラッピング車両として復活する。市からの依頼を受けて車体の色を選んだ名古屋市出身の故・杉本健吉画伯(一九〇五〜二〇〇四年)の娘三人が健吉さんと地下鉄の思い出を語った。
 瑞穂区にある健吉さんの四女杉本清子さん(85)宅。清子さんと、長女の望月菊枝さん(92)=名東区、三女の郡司都さん(88)=瑞穂区=が懐かしい「黄電」の写真を見ながら話をしていた。「ウィンザーイエローって初めて聞くわね」「父は菜種色って言っていたと思うけれど」
 父の健吉さんが地下鉄の車体の色を選ぶことになったと聞いたのは数十年前。家族が集まって夕食を取っていたときだった。「確か、地下鉄は暗いから明るい色にしよう、黄色がいいなと父が言っていた気がする」と菊枝さんは振り返る。「いいじゃない」「明るい方が目立つものね」。都さんと清子さんは、父のアイデアにそう答えた記憶がある。
 健吉さんと地下鉄の関係は深い。開業してから、ほとんど毎日、地下鉄に乗っていた。仏教の法会などで飾る「幡」の制作に夢中になっていた二〇〇〇年ごろは、画材を買いに久屋大通駅(中区)近くの東急ハンズに地下鉄で頻繁に通った。家族が「車で送ろうか」と尋ねても電車を使った。
 地下鉄内では、乗客の洋服、立ち居振る舞いなどの乗車マナーなど「人間観察」をすることが健吉さんの日課だったという。あるとき、乗車マナーについて苦言を呈するコラムを新聞に載せたことがあった。掲載翌日、コラムを読んだ当時の半田署員が「記事を読んだ何者かが杉本さんに危害を加えるといけないので」と、美浜町にある杉本さんの作品を所蔵する美術館に派遣されたこともあった。
 「父にとって地下鉄は日常生活の一部でした」と都さん。市は、今年八月の市営交通開業百周年を記念し、東山線と名城・名港線で一編成ずつ、「黄電」をイメージしたラッピング車両を八月から走らせる。三人は父の日常だった風景が再現される日を楽しみに待っている。

ラッピング費をクラウドファンディングで 30日まで名古屋市が募集

 名古屋市は「黄電」車体のラッピング費への支援を、クラウドファンディングサイト「ふるさとチョイス」で募っている。目標は1700万円。締め切りは今月30日。
 支援をした人には、100周年の記念オリジナルボールペンを贈呈。5万円以上寄付すると、抽選で5組10人が「地下鉄工場見学会」に招待される。
 黄電は1957〜2000年に使用された。
 (蓮野亜耶)

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