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【がんがつなぐ足し算の縁】 笠井信輔(13) 告知しない決断  

2022年6月28日 05時05分 (6月28日 11時05分更新)
 

正解だったのか  今も答えは出ない


 「ママは自分ががんだと知ったら気持ちが折れてしまう。告知はしたくないの」
 「がん告知」について、(1)自分はどう受け止めたのか?(2)家族はどうだったか?−と前々回、前回と2回にわたって書きましたが、私はもう一つのケースを体験しています。

私たち夫婦の結婚式に出席した際の義母(左端)。最期はがんで亡くなったが本人には病名を知らせなかった

 それは、患者に「がんを隠す」=「告知しない」という決断です。20年前、私たち家族は妻の母(当時65歳)と同居していました。「告知せず」は、その母が末期がんと分かった時、母1人、子1人で育ってきた妻が希望しました。
 義母は発熱しても体温を測らないような我慢強い人でした。しかし、2002年春、突然「しんちゃん、立ち上がれないの」と座ったまま病院へ行きたいと言い出したのです。
 そして…遅かった。
 進行性のがんで「年を越せるか微妙です」との余命宣告。私たちはお義母(かあ)さんに「最高の最後の時間」を過ごしてもらおうと決めました。
 「告知をしない」という選択肢がしっかりと残っていた時代でした。何も知らずに入院した義母は、当初明るくふるまっていましたが、状況が一変したのは1度目の退院で自宅療養となった時。私たち夫婦は思いがけ...

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